あの、お願い聞いてくれますか!ゼブラさん!2
――ゼブラさん、行っちゃったよ。

一瞬、何が起きたのか分らなかったものの、次第に現状が把握できてきて、私はションボリと肩を落した。

しかし、ガッカリするのはお門違いである。

そもそも、ゼブラさんには私を助けたり、優しくしてくれる義理なのどないのだ。

そんなことは最初からわかってるのに……何故か私は落胆を隠せなかった。

どうやら私は、ゼブラさんにひどく懐いているのだろう。

しょげる気持ちを客観的に考えることで、なんとか私は気持ちを落ち着かせる。

「……うーん、とにかく、私は私で戻ったほうがいいよなぁ」

そして、とにかく待機している村に戻ることを考えた。

クルーに連絡したいものの、落下の衝撃で連絡機器は壊れてしまってうんともすんとも言わない。

もし、このまま私が戻らなくて遭難届を出されでもしたら、労災どころの騒ぎではない。

というか、冷静になって考えれば、労災なんか降りるもんなら私はきっと会社に居られなくなる。

不運にも私は会社内でトラブルメーカーのレッテルを張られつつあるのだ。

……いや、半分くらい自分の素行の悪さと、思慮の浅さだと自覚はしてるけどね。

「よし」

私は息をついて、自力で戻る決意を固めた。

空を見上げると、木々の間から真ん丸でデッカイお月さまが、眩いほどに輝いている。

崖から落ちたのは夕方だから、ずいぶん時間が経ったのだろう。

少々焦りながら、私は膝を立てて立ち上がろうと動いた。

「……っ!? いたたたっ!」

しかし、私はそのままゴロンと尻もちを着いて転がると、片足を宙に上げた。

ドクドク、と上にした片足の足首が脈打ちながら痛みを訴える。

まるで骨が砕けたような痛みに、ドッと冷や汗が溢れた。

「……うそーん」

私は、弱弱しくもふざけた声を出しながら、ゆっくりと痛む足を地面に下ろす。

それでもじわじわ続く痛みに、半泣きになった。

――これは、ちょっと……気合だけで歩いて帰るには無理がある痛みなんですけど。

私はせめて杖になるようなものはないかと辺りを見回す。

しかし、小さな木の枝が無数に散乱しているだけで、杖になりそうなほどのしっかりした枝は落ちてはいない。

どうやら、私が落下したときに折れたのは細い枝だけだったようだ。

「え、ちょっと、どうしよう」

私はぽつんと月明かりに照られされながら、震える声で呟いた。

あんまりにも寂しいその音は、ひゅうっと風が吹いた瞬間に消えていく。

――あぁ、うそだろ。一人ぼっちで、本当に遭難しちゃったよ。

突然のしかかってきた絶望に、私の心は一気に打ちのめされた。

先ほどまでゼブラさんが居てくれて浮かれていたのが嘘のようだ。

彼もすでにここにはおらず、私は足首を怪我して歩けずに一人取り残されてしまった。

「……あは、はははは」

不意に、乾いた笑いが喉の奥から漏れ出してくる。

冷や汗が止まらない。

「あははは……あは…………」

次第に笑いも、尽きてくる。

完全に笑いが止まり、周囲にシンと沈黙が流れた瞬間。


「うおーー誰か! た、助けてぇええ!」


私は吠えた。

吠えながら、大号泣した。

だって無理じゃないか! こんな状況でどうしろっていうだ!
もういい! 会社追い出されたっていいから、助かりたい! 
生きたい!

誰か、助けて!

ぎゃー!と、人とも獣ともつかない私の声があたりに木霊する。

そのせいか、木々に休んでいたであろう鳥たちが一斉に飛び立った。

その鳥にすら追いすがりたい私は、尚更声を上げて泣いた。


――だが、実際には違っていた。


鳥たちが飛び立った理由……それは。


「うるせぇえええええ!!」

この大地が震えるほどの怒声を放つ、この人のせいだったのだ。

ひぃっ、と私は涙が一気に引っ込んだ目で、声のするほうを見る。

するとそこには、とんでもなくデッカイ猪のような獣を肩に担いだゼブラさんが居た。

獣の重量が合わさって、ゼブラさんが歩く度にドシンドシンッ!と地面が鳴く。

あっという間にゼブラんさは私の目の前まで来た。

月明かりが逆光になって、彼の表情を読み取ることは出来ないが、きっとひどく不機嫌そう顔をしているだろう。

だけど、私はもう泣くのをすっかり忘れて、ただただ彼を見つめるばかりだった。

「ゼブ、ゼブラさん」

「……」

「うぅぅ、ゼブラさぁあん!」

「うるせぇっつってんだろ!」

ゼブラさんの怒号に、私の耳の鼓膜は今にも破れんばかりに震える。


あぁ! 
むしろ破れたって平気だ!


だってゼブラさんってば、怒りながらもこんな嬉しいセリフを言ってくれるんだもん!



「てめぇは、ちったぁ黙って待ってらんねぇのか!」




イエス!
マイ、ヒーロゥー!





* * * * * * * * *






「もー本当、怖かったんですよ。まさか歩けないなんて思ってなくて! しかも、ゼブラさんってば黙って行っちゃうんですもん!」

大きな猪を大きな口でひたすら食べ続けるゼブラさんの横で、私はマシンガンのごとく喋り続けた。

ゼブラさんの仕留めてきた猪は、何故かすでに火が通っていて、肉の焼けるいい匂いがしている。

「もうね、あの荒野のことを思い出しましたよ! なんでなんですかね。ゼブラさんに会えたのは良かったですけど、何もあの時の絶望までデジャブしなくてもいいのに。それでも……」

「うるせぇ!」

「やー、だって安心しちゃって。口が回るんですよ、こう、クルクルクルクルってね!」

「……」

注意されたにも関わらず、しゃべり続けてしまう私にいい加減痺れを切らしたのか、ゼブラさんは無言で立ち上がる。

そのまま、ブチリッと猪の肉を引き千切ると、勢いよくその大きな肉の塊を私の口に押し込んできた。

かなりの強引さで突っ込まれたせいか、一瞬歯が折れるんじゃないかと、私は目を白黒させた。

しかし、すぐさま口に広がる肉の旨みに我に返る。

――美味しい。

芳醇な香り、柔らかな肉質、滴る肉汁は甘味さえ感じた。

私は突っ込まれた肉を食べることに、一気に意識を持って行かれる。

「……」

私が黙って食べることに集中したことでゼブラさんは満足したのか、再び食事を再開した。




そして、私が口に突っ込まれたようやく食べ終えた頃。

あんなに大きかった猪の肉は全てゼブラさんの胃に収められ、すっかり骨だけになってしまっていた。

今、ゼブラさんは残された骨まで、ガリガリと頑丈な歯で噛み砕いて食べている。

私は満腹になりつつ、その様子をしばらく眺めていた。

――そういえば、猪の肉、すでに火が通っていたけど、どうやったんだろう。

確か、ゼブラさんも他の四天王に漏れずグルメ細胞を持っている人間だ。

だが、私の持つ情報によると、ゼブラさんの特化した能力は聴覚。そして、己の声である。

物に熱を通すような力などあったろうか?

……あ、そうえば、なんか雷みたいな声を落とせるってどっかの雑誌で読んだなぁ。それで肉を高熱に通したのか。

「はぁーすごいなぁ」

先ほど散々叱られたにも関わらず、つい私の口は性懲りもなく動き出す。

しかし、ゼブラさんは私のつぶやきなど無視して骨をかじり続けている。

その姿のなんと逞しいことか。

私は今やすっかり四天王ゼブラのファンと化していた。


「あの、ゼブラさん」

「……」

骨をガリガリいわせながらも、名前を呼ぶと彼はこちらに視線をくれる。

「……よくホテルグルメに来るって噂、本当ですか?」

ぽつりと質問を彼に投げかけた。

しかし、彼はやっぱり骨をかじるだけで、答えてくれない。

私はとにかく、言葉を続けた。

「まぁ、ホテルグルメの町に近づくっていう速報は聞いたことがないんですけどね」

そう。

ゼブラさんが人里に近づく恐れがある場合は、必ず速報がテレビに流れる。

しかし、ホテルグルメがある町に近づくという速報は一度も流れていないのにも関わらず、そんな噂が流れているのだ。

「ただ、私の予想だと、ゼブラさんがホテルグルメに通っているというのは本当のことだと思ってます」

――だって、あのホテルの最上階97Fにはかの有名な展望レストランがある。

四天王が熱を上げざるおえない、とんでもなく素晴らしい料理人、小松シェフがいるレストランだ。

きっとゼブラさんは小松シェフの料理を食べに行っているのだろう。彼は小松シェフのファンだというのは知れ渡っている。

「でも、ゼブラ速報は流れない。多分ですけど、人々を混乱に落とさない為に情報の流出を、IGOがセーブしてるんじゃないですか」

バキリッと、ゼブラさんの齧っていた骨が重い音を立てて砕け散った。

彼は口の中に残った骨を噛み砕き、飲み込んだ後、ペッと食べられない部分だけを吐き出す。

その様子は、何故か苦々しくて、どこか面白くなさそうだった。

「……何が言いてぇ」

「いえ、だからゼブラさんがホテルグルメに来ているのかって話ですけど」

ぎろりと、彼の鋭い眼光が私に突き刺さる。

その眼はまさに研がれた牙のようで、私は少しだけ弱ってしまった。

今まで、いくらペチャクチャ喋ろうが、さすがにこんな目はされなかった。

かなり不機嫌にしてしまったんだろうか。

しかし、どうしても聞きたかったことなのだ。

「あの、答えてはいただけませんか?」

「……」

「ゼブラさーん……」

私はだめ押しで尋ねてみる。

そんな私にゼブラさんは鼻で笑った。

あ、またデジャブ。

そういえば、前もゼブラさんの話題を出した時、こんな感じの良くない笑い方したなぁ。

「行ってる、言ったらどうだってんだ」

不安になってしまった私だったが、ゼブラさんは答えてくれた。

その答えに、私の不安はシュッと消え去ってしまう。

「ほ、本当ですか!」

「それでてめぇは何が……」

「ひゃっほー! やったぁ!」

「あぁ?」

不安どころか、いっぺんにテンションが変わって両手を上げて歓声を上げる私に、ゼブラさんは珍しくキョトンとした表情を浮かべた。

「や、だって、ゼブラさんホテルグルメによく来るんでしょ?」

テンションが上がったままの私は、すでに不安など吹き飛んで、ついつい顔には笑みが浮かんでしまう。

「だって、あれなんですよ……、実は私の家、グルメホテルのある町と同じ町にあるんです!」

言ってしまった! と、私は上に上げた両手を今度は頬に当てて騒いだ。

相変わらずゼブラさんは意味が分らないようで、次第に眉間に皺がよってきている。

私はそんなゼブラさんに真相を与えるべく、恥ずかしながらも本心を告げた。

「あのですね、もしグルメホテルに来る時があったら、その……教えて欲しいなって思ってたんです!」

「……?」

「だからですねぇ、今は速報が無いからゼブラさんが近くにきたことさえ気が付かないわけじゃないですか」

ゼブラさんは一向に険しい表情を崩さないのに、私はじわじわ笑みが浮かんでしまうのを抑えきれない。

「でも……知ってたら会えるかもしれないでしょう! ゼブラさんに!」

「……」

「だって、今日、トラブルなのに浮かれてしまったのは、そのトラブルが“ゼブラ速報”だったからなんですよ!」

言いきって、照れ隠しに私は豪快に笑う。

だけどゼブラさんは、やっぱり何も喋らなかった。

ただ、すっかり眉間の皺は取れて、反対に心底呆れたような顔で溜息をついただけだった。



――その後、無視するゼブラさんを無視して、私はペラペラと喋り続けた。

何故だかゼブラさん相手だと、変に安心してしまうのか、お喋りになってしまう。

しかし、時間は刻々と過ぎていき、月が真上に上った時、ふと自分の立場を思い返す。

はっと、お喋りを止めて月を見上げる私に、ゼブラさんは閉じた口をようやく開けてくれた。

「おい」

「はい?」

くるりとゼブラさんの方に向き直ると、彼が私の目の前に居て、そしてしゃがむと、私を大きくて太い腕に抱きあげた。

「わ! ゼブラさん?」

私は驚いた声を発したが、ゼブラさんは何も言わずにそのまま私を上に持ち上げて、肩に乗せた。

――あぁ、どこまでデジャブなんだろう。
でも、このデジャブはとても嬉しい。

「……どこだ?」

「え?」

「だから、どこだって聞いてんだ」

つまり、私が戻らなければいけない場所を聞いてくれてるってことだろうか。

「はい、あの、この崖の上を登ったところから、西の方向にある小さな宿舎町です」

私の答えは正解だったらしく、彼は無言で歩き始めた。

「いいんですか? あの、こんなに良くしてもらって」

問うたところで彼は何も返事をしてくれない。

だけどそんなことにはもう慣れてしまった。

私は笑みを零すと、そのままゼブラさんの肩に頼りきりになる。どうしようもない安心感に、身を任せて私はただただ嬉しさに顔を綻ばせるだけだった。

深く険しい森の中を、ゼブラさんはどんどん進んでいく。

あと、どれくらいだろう。

そういえば、結局、食材は何も見つけられず何の収穫も得られなかったなぁ。

――その時。

何かが、森の奥で光ったのが見えた。

「ゼブラさん……」

私は、その光を見つめながらポンポンとゼブラさんの背を叩く。彼はめんどくさそうに、私の方を向いてくれた。

「あの、向こうで何か光ってます」

私が指さす方向を、ゼブラさんも見る。

確かに森の奥で、何か光りがチラチラと瞬いていた。

それは一つ、二つと数を増やして、次第に無数の光に変わっていく。

私は驚いて、ゼブラさんの肩の服をギュッと握ってしまった。

そんな私にゼブラさんは何を思ったのか、突然動きだした。

ずんずんとその光の方へと進む方向を変える。

「ひょわぁ! ゼブラさん!?」

私は素っ頓狂な声を上げながら、とにかくゼブラさんにしがみ付いた。

ゼブラさんはわずかにうっとおしそうな顔をしたが、構っていられない。突然、前触れもなく行動する彼が悪いのだ。

光はゼブラさんが近付くと、一斉にちりぢりに飛び立っていく。

――蝶々?

近づいてみると、光の一つ一つが蝶々の形をしていた。

その一つを、ゼブラさんの手が素早い動きで掴む。

「わ! つぶれちゃいますよ!」

私が慌てると、ゼブラさんは面倒くさそうに舌打ちをして、蝶々を捕まえた手を私の目の前に突き出した。

「え?」

一瞬、意味がわからなくて戸惑ってしまうが、突き出された手におずおずと自分の手の平を寄せる。

するとゼブラさんは握りしめた手をゆっくりと開いた。

「……わぁ、なんて」

なんて綺麗な蝶々なのだろう。

全てが声にならないくらいに、私はその蝶々の羽が持つ輝きにうっとりしてしまった。

同時に、蝶々から素晴らしい香りを感じる。

この鼻腔を伝って、脳に、胃に、直接刺激するような香りは――まさにスパイスだ。

……そういえば、私たちクルーが探していた希少種は、「夜光蝶」、別名「夜香蝶」といったもの。

あぁ、嘘だろう。まさか、こんな時に出会えるなんて……! それにしても、なんて素晴しい輝きと香りなんだろう!

「おい、モタモタしてると、喰っちまうぞ」

「あ、だめです! 待って下さい」

蝶に見とれていた私を、ゼブラさんの苛立った声が覚醒させる。

急いでジャケットから小さな食材用の携帯カプセルを取り出し、その蝶々の羽の燐粉を傷つけぬように、そっと入れた。

カプセルの中でぼんやり光る蝶々に、私は自分の体が打ち震える。

「どうしよう、ゼブラさん」

「なんだ」

「こんな幸運がまさか私に訪れるとは、夢にも思ってませんでした!」

私はカプセルを両手で大事に握りしめながら、ゼブラさんにお礼を言う。

ゼブラさんは鼻で笑った。

しかし、その笑いは先ほどのような良くない雰囲気のものではなくて、私の胸はますます躍る。

何事もなかったかのように、ゼブラさんはまた無言で元の道に戻ると、再び進みだした。

私は今度こそお喋りをせずに、ただただカプセルの蝶々とゼブラさんを交互に見つめ続ける。


どんなに感謝してもしきれない。

この森を抜けて、村に着いた時、もう一度お願いしなくては。

ダメだと言われても、強く強く押さなければ!


『私が住む町に来た時には、必ず連絡下さい』と!


まだまだお礼はし足りない。

だってまさか、命だけではなく、クビまで救済してくれるとは!

なんて優しい人だろう!


私は強い想いを胸に、それまで黙っておくことにした。



オゥ、マイ、ヒィーロゥー!

さんきゅーべりまっち!




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