The starting | ナノ


「The starting」静雄誕生日記念SS




※13巻後のお話の為、ネタバレとなります。
都合の良い季節調整で静誕付近で考えて執筆しています、ご了承下さい。



奴がこの街から消えて早数ヶ月。
季節は巡り、世界は新しい年を迎えた。

あの明けない夜の記憶は人々の心の中から消えてしまったかのように池袋の空には太陽が雲の隙間から顔を覗かせていた。

「へっくし」

とはいえ、一月はまだ身を凍えさせる。
通年バーテン服を着ている静雄は、煙草を片手に小さなくしゃみをした。
間に合わせで買った白いマフラーを手繰り寄せる。

(さみぃ)

首に巻いたマフラーに顔を埋めて息を吐くと隙間から白い吐息が漏れ、目の前を上ってく。
その中に、記憶を見た。



『やれよ、化け物』

折原臨也。



あの日、本当に殺そうと思った。

俺にとって至上最悪の人間。

人間としての最後の禁忌を犯し、本当の化け物になるところだったのを後輩に助けられた。
もしあのまま拳を奴の身体に沈めていれば、俺はここにはいないだろう。

(あの野郎、自分の死を持ってでも俺を否定しようとしたんだ)

互いにそこまで嫌う理由を、もう言葉にすら出来ないだろう。
虫が好かないだけで殺せる相手が居るなんて、よっぽどイカれている。

(俺もあいつも…な)

結局あの後、奴が死んだのか生きているのか、誰も知らないという。
この目でちゃんと見届けないと安心できない、それが折原臨也という下卑た人間の恐ろしさだ。


「……平和だな」

そう、世界は平和になった。
人間一人が界隈から消えただけで大げさなものだが、事実、静雄自身穏やかな日々を送っている。

望んでいた、筈だ、これを。

「……」

太陽が雲に覆われ始め、暗い影が静雄を見下ろした。
冷たい風が後ろから追いかけて背中を震わせると、妙な違和感を覚える。

何を思ったのか、静雄の足は新宿へと出向いていた。




オートロック式の高級マンションに、静雄は偶然配送業者の後に続いて中に入る。
まぁ臨也を襲撃する際にいつもしていたやり方だった。

エレベーターに乗り、部屋の前まで来たが表札が空白になっているのを確認した静雄は一つ息を吐く。


「まぁ、もう引き払ってるに決まってるよな……」

後頭部をガシガシと掻いて腰に手を据える。

(何今更確認しに来てんだ、俺は)


ふと、ノブに手を掛けてみると施錠されていないことに気付く。

「!」

まるで招き入れられるかのように、抵抗なく開いたドアの向こうには、電気のついていない廊下がのっぺりと前方に伸びていた。


「……あ?」


念のため靴を脱ぎ、足を踏み入れる。
触っても居ないのに背後でドアが静かに閉まった。

廊下を抜けると見慣れた風景が目の前に映る。
存在を象るものは、夕暮れのオレンジが雲を掻き分けて振り注ぐ光だけが頼りだった。

ほとんどの家具はなくなっていたが、臨也が主に過ごしていただろう黒いデスクと椅子だけが真ん中に佇んでいる。


「……?」


ふと、不似合いな存在に目を留める。
デスクの上の白いメモだ。


静雄はそれを手に取った。



『またひとつ年を取らせる羽目になるとはね。

俺の化け物退治はまだ終わってない』



「……!!」

ぶわり、と全身が総毛起った。

これをなんと表現したら良いのか静雄には判らない。
瞳孔が開き、口角が激しく吊り上る機会など、そうあるものではないのだから。


「あいつ……」


(そうか、俺、今日誕生日だったな)


臨也が何故、静雄がここに来るのが判っていたのか、考えるよりも本能で判断する。


(生きてやがった)


「はは……ははは」


メモを掴む指に力が入った。


「だよなぁ、だよなぁ……!あいつがあんなので死ぬわけねぇよなぁ!」


これを怒りと呼ぶのだろうか?
いや、違う。
今まで、この胸の内を静雄はまだ完全に判っていなかった。

だが、今やっと。
気付いた。


「居なくなってから判んだなぁ……臨也くんよぉ」


メモを見詰める視線はギラギラと輝いていた。





もう俺は、化け物にはならない。
後輩の想い、臨也が自らの身を持って化け物だと証明しようとした事、全て無駄にはしない。
静雄は決意を胸に、周囲を見渡した後、見つけたペンを拾い上げてメモに殴り書きをした。
そして、デスクに置き直し、背を向けてその場をすがすがしい気持ちで去って行く。


「もう、逃がさねぇからな」





そして、数分後、別の人間がこの場に足を踏み入れた。
いつも通りの軽快なステップとまでは行かず、まだ完全には回復していない臨也がデスクの上に腰を下ろした。

メモを摘み上げ、読み上げた彼は短い笑いを零した。


「『いつでも来やがれ』だって? 奴は監視カメラってものを知らないのかねぇ」

おー怖っ!、と大げさにメモを放り投げる。


「別に隠れて見ていれば良かったんじゃないの?」


後から現れた波江が腕を組んでその様子を眺めていたが、臨也は鼻で笑って返事をした。


「何言ってんだ、匂いで俺の存在を嗅ぎ分けるんだよあの化け物は」

「あらそう、相思相愛ね」


鼻で笑い返されても臨也は嫌味を綺麗に流した。


「両手が完治しないと何も出来ない、字を書くのさえ今はこれがやっとさ」


思うように動かない身体に舌打ちを零しながら、足元に落ちたメモを見下ろした。


「待ってろよ、化け物」


必要な書類がまだあったと言われ、身体がまだ不自由な臨也の付き添いで着いてきたものの、波江は荷物をまとめながら呆れ声を吐く。


「ていうか、本当の用事ってこれだったんじゃないの」


臨也からの返事はなく、夕日が逆光になりその表情は彼女には読み取れなかった。


そして、彼らは再びこの地から姿を消した。

無論そんな情報はどこにも流れることなく、また平和な日常が続いていくことになる。
時が来るまでは幸せに浸っていれば良いのだと、かの人間は微笑んだ。



1月28日、日付が変わる前に、臨也はどこかの空の下で愛用のナイフを不慣れに弄びながら小さく呟いた。


「……Happy Birthday シズちゃん。

まだまだこれからだよ」





End.

The starting.
『こんなことで終わるはずがない、そうだろ?』



2014/01/28執筆
デュラララ!!10周年記念ということも含めて今後も二人の展開に期待。
静雄、誕生日おめでとう!!

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