巨大複合企業クランスピア社。
エレンピオスで最も力があると言われており、入社すれば人生の勝ち組とまで謳われる会社である。そんな素晴らしい会社に私、ピナコラードは本日から勤める事になっている。
…未だに夢としか思えない。駄目元で試験を受けたのは良いものの、気づけば入社通知が家に届き今日に至る。
入社試験の担当はユリウス・ウィル・クルスニク――私の従兄にあたる方であった。今考えてみれば、彼がコネを利かして入社させてくれたのかもしれない。…ユリウスさんはそんなことをするような方じゃないとは思うけれど。
まあ、無事受かったのだからそれはそれ、これはこれ。私にできる事をしっかりと頑張ろうと意気込んで、トリグラフ行きの列車に乗る。学校は家の近くだったから、列車通勤というものには少し憧れていた。席に座り、外の景色を眺めながら、未知なる経験に心を躍らせる。
懐中時計を見れば時間は7時30分、少し家を早く出すぎたかもしれない。そんなことを思いながら、黒匣によって発展した都市に下車し、歩みを進めた。

「…はじめまして、ピナコラード・パレ・プリマヴェーラと申します。本日付けで医療チームに配属になりました。よろしくお願い致します」


会社で働くなんて初めてのことだし、何をどうしたらいいか全く分からないけれど、医療エージェントの方々も優しく対応してくださり、なんとか初日の仕事を乗り越えることができた。
このクランスピア社は複合企業と呼ばれるだけあって様々な部門のエージェントが存在する。複合企業の中でも特に大きな部門として名高いのがこの医療部門、もう一つは義兄がクラウン・エージェントとして存在する通信部門だ。確かにユリウスさん、GHSの開発に携わっていたとは言っていたけど、まさかここまですごい人だとは…。

そんな彼の家で、今日は入社記念のパーティーを開いてくれるということで、クランスピア社のエントランスにて彼を待っていた。おそらく、家では彼の弟が腕によりをかけて料理を振舞ってくれるのだろう。


「…お前、見ない顔だけどその制服。もしかして医療エージェントの新入社員か?」

久しぶりに会う予定の従弟の料理を心待ちにしていると、目の前に形容しがたい何とも奇抜なスーツに身を包んだ、黒髪の男性が話しかけてきた。

「は、はい。本日から医療部門で勤める事になったピナコラードです…」
「ふーん。俺、医療エージェントのトップ。覚えとけよ」
「あ、…リドウさん、ですよね。これからよろしくお願いします!」

深々と頭を下げる。医療部門のトップ・エージェントことリドウ・ゼク・ルギエヴィート。私たち医療関連の仕事に就く人間なら誰しも知っているであろう、非常に有名な方であった。
20代で挙げた功績は数知れず、義兄同様このクランスピア社を代表するに相応しい方であろう。……まさかここまで奇抜なセンスを持っているとは思わなかったのだが。
今日は私以外にもたくさんの人間が医療部門に入社することになったことだし、通信部門では義兄が代表で挨拶をしていると聞いたが、この人はそういうことをしないタイプなのだろうか。確かにあまり型にはまらなそうな人ではあるけれど。

「リドウ、こいつに何か用か」
「……お前、ユリウスの知り合いなのか」
「えっと…従兄妹なんです」

非常に怪訝そうな目でこちらを睨まれる。私何かマズいことをしてしまっただろうか…と考えを張り巡らせた。しかし思い当たる節はない。
…どうやら、この人は義兄と仲が悪いらしい。直属の上司が身内と仲が悪いというのは、どうにもこうにもやりづらい。仕事に影響が出なければ良いのだが。
そんなリドウさんであったが、時間であるのか時計を見るなり顔をしかめ去っていった。本当に何であったのだろうか。まあ、とにかく目立ったこともなく入社1日目は無事終了した。早く従弟のご飯が食べたいのだ。

「しかし、本当にお前が入社するとはな」
「ユリウスさんがそれ言います?ふふ、私自身もびっくりですよ、次はルドガーくんですかね?」
「ああ、そうだな…あいつなら問題ないだろう」

トリグラフのマンション・フレール3階、エレベーターで上がればトマトの良い香りがここまで漂ってくる。私もやっと成人したことだし、今夜はルドガーくんには悪いけど、少しお酒も嗜んでしまおう。



----


そんなこんなで自慢の従弟の手料理をたくさんいただいていると、時計の針は21時30分。
そろそろ家に帰らなければ明日の仕事に支障が出てしまう。この家でこうしているのは非常に楽しいから、つい時間を忘れて遅くまで滞在してしまうのだ。
どうせ会社がトリグラフにあるのだから、泊まってしまえばとても楽ではある…ということもあるのだが、何分もう私も大人であるから、その辺は色々と弁える必要があるだろう。子どもの頃が少し懐かしいが、従弟を残して私は帰宅の準備を終わらせる。

「駅まで送ってくよ。それじゃ兄さん、行ってくる」
「ご、ごめんルドガーくん。後片付けも任せちゃったし…」

気にしなくていいと従弟はエレベーターのボタンを押す。
この2人は本当によくできた兄弟だなあ…。私達は母親が早々に亡くなってしまったので、昔はこうしてよく集まることは多かった。
最近は性別が違うということもあり、あまりこうして従弟の料理を食べることもなくなっていたけれど。
従弟との会話も程々に、再び列車に乗り込む。
家に帰ったら今日の反省とか、やることがまだまだあるからあまり眠れない。そのために列車内で少し仮眠を取ってから、目的地にて降りる。この時間帯、この地域はあまり治安が良くないということもあり、少し不安になりながら足早に家へ向かう。

「…ピナ」
「……あれ、ユリウスさん?どうしたんですか」

見知った呼び声がしたので、後ろを振り返ってみると、そこには家にいるはずの従兄の姿があった。
私に用があるのならGHSで連絡を取るか、または明日の会社の時でも良いのに。彼はそれから一言も喋らずに、私を見て申し訳なさそうな顔をする。その顔が、殺意に変わったところまでは認識できた。次の瞬間、彼は両手で双剣を握って、それを私に突き付けて。
間一髪のところで何とか一撃を避けることはできた。彼の顔付きがどんどん歪んでいく。2度目はない、そう思った。

一体何故彼が私を殺そうとしているのか、私の知る彼は人を殺そうとすることなんか絶対にしないし、ましてや身内、従妹に当たる私に向かってするとは考えられない。
でも、そんなこと、考えてる場合じゃない!一刻も早くこの場所から逃げなければならない!
しかし全身の震えは止まらず、尻餅を付いた私はその場から立つこともできずに、後退することだけで精一杯である。誰か、だれか、助けて――!!


「おおっと、従妹に手を出すとは御曹司の風上にも置けないねえ」
「…………あ………え、」

声にならない叫びを聞き取ってくれたのかどうかはわからないが、私の目の前には、赤いスーツに身を包んだ男性、私の上司ことリドウさん。
そして彼は義兄に向けてナイフを突き立てていた。当然義兄からは、赤い液体が流れている……!!

「おいお前、邪魔だ。後ろに下がってろよ」
「は、はい。わか、りました…」
「O.K。それでいい」

それからのことはあまり覚えていない。気づいたらリドウさんと義兄が化物のようなものに変わり、義兄が倒れた。リドウさんは容赦なしに義兄の胸にナイフを刺す。あまりの残酷さに吐きそうになったが、それよりも理解不能な視界映像が飛び込んできて、脳の処理が追いつかなかった。
義兄から抜かれたナイフには、何とも毒々しい色の球体が現れる。明らかに人間の構造ではなかった。
そしてその後、世界が割れるような音ともに、私は、意識を手放した。

「…何だ。この女、分史に迷い込んできたのか」










----

09/22
ユリウス夢じゃん…(困惑)

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -