王室特務部隊。
 通称【烏】
 これはそこに属するとある青年の物語。


「すーずーめーちゃん」
「……」
「すーずーめーちゃん!」
「……はあ。鬱陶しいこと極まりないですね。何です? くだらないことならばその顔に穴を開けますが」
 そう言って黒い軍服の懐から黒い拳銃を取り出した凉萌ちゃんに、手をあげて降参のポーズを取る。
「そんなに怒んないでよー。今日は俺、すっごく良い気分なんだからぁ」
「? そう言えばいつもよりも機嫌が良いですね。何かありましたか?」
 ハーバヒト。
 そう呼ばれて、にへりと顔を緩める。
 涼萌ちゃんはその無表情の顔の中に、とても不思議そうな色を見せた。
「今日は、俺が生まれた日だよ」
「ますます解りかねます。貴方の誕生日はもっと先でしょう。ハーバヒト」
「ううん。俺が生まれた日は今日だよ、凉萌ちゃん」
「意味がわかりません」
「ふふ。俺がわかってれば良いんだよぉ」
「……まあ、構わないです。そんなことよりも仕事の話に戻りますよ」
「はぁい」
 凉萌ちゃんは不思議そうな色を即座に消して。書類を一枚俺に渡す。
 それを見て、あれ? 何処かで見たことある気が……? と首を傾げる。
「覚えていますか」
「なんとなく?」
「覚えていない方が都合が良いかも知れませんね。その男が率いる組織を殲滅してきなさい」
 凉萌ちゃんは氷よりも冷たい声でそう言い放つと、もう用はないとばかりに執務机に静かに着いた。
 軍服の衣擦れの音が微かに聞こえただけで、後は彼女の吐息のみ。いや、吐息さえ彼女は消してしまっているのではないだろうかと思ってしまう。
 凉萌ちゃんをしばらく見つめて、反応がないことを確認してから、もう一度書類に視線を落とした。
 そこには頭から顔にかけて『ZERO』という刺青を入れている男の写真。
 ZERO。ゼロ。

……ああ、思い出した。

 
あれは、何年前だったかな?


 【鷹と雀】


俺が覚えている一番古い記憶。
突然家に押し入ってきた鋭いナイフを持った暴漢から、俺を自分の身体と床に挟んで庇ってくれた母親。暴漢から少しでも母親と俺を守ろうとしてくれた父親の姿。
母親と床の隙間から見えたのは、父親がナイフで切り付けられ、内臓を飛び出して尚、滅多刺しにされている光景だった。
ぐちゃりと内臓を踏む不愉快な音が耳に響き思わず耳を塞ぎたくなるが、母親が俺を身動ぎ出来ないくらい押し潰しているので、それも叶わない。
鼻は随分前から鉄錆びのような臭いを嗅ぎすぎて機能しなくなっていた。
目尻がヒリヒリと痛いのは恐怖から涙が零れて止まらないからか。
どれだけ続いたのか分からないほどの時間。
実際は三十分も無かったのかも知れない。
けれども恐怖を感じるには十分な時間が過ぎていた頃、いつの間にか動かなくなった母親は蹴り飛ばされ、暴漢の姿がはっきりと見えた。
暴漢は感情の見えない顔で俺を視界に収める。
「ヒッ」
短い悲鳴が漏れた。
暴漢は俺に手を伸ばす。ナイフを持っていない方の、けれども紅い手だ。
(殺されるッ……)
視界の端に写った両親『だった』人達のように。
自分もこの男に殺されるのだ。
キラリと光るナイフを持つ右手を持ったまま、動かない暴漢。
いつ殺されるかも分からない恐怖に、ギュウッと強く目を瞑る。


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