王室特務部隊。
通称【烏】
これはとあるひとりの少女の、過去のお話。
「羽兎ちゃんはさぁ」
「なんですか」
書類整理中、退屈そうに机に頬杖をついたハーバヒトに声を掛けられた。
あの方から頼まれた仕事を遂行する任があるというのにこの男は、控えめに言って鬱陶しい。
どうせあの方から仕事を頂戴した私のことを疎ましく思っているからこその声掛けなのだろう。
私はおざなりに応えながら、書類を分けていく。
ああ、これはあの方の印が必要ですね。避けておきましょう。
「涼萌ちゃんと出逢って、ここに来た経緯ってナニ?」
「目が全く笑っていませんけども」
「内容によっては笑えないからね」
「貴方に何故話さなければならないのか」
「俺が知りたいからに決まってるデショ」
「貴方の満足を何故満たさなければならないのか」
「好きな子のことは何でも知りたいに決まってるから」
ここで言い訳をさせて欲しいのは。
決してこの私にとっての有害物質並みの男が私に恋心なんてモノを持っているわけではない。
この男が好きなのは――
「涼萌ちゃんのことはなぁんでも知りたい」
えへっと頬をだらしなくゆるめた彼のこの表情はあの方に向けられる表情。
(ああ、悪感がする……!)
自分に向けられたわけではないのに、寒気がした。
思わず肩をクロスさせ両手で擦る。
「私と涼萌様の大切な思い出を貴方のような方にひけらかす趣味は私にはありません」
「はは。殺してでも吐かせてやろうか?」
「やってみなさい」
ハッと嗤いながらハーバヒトを見る。
ハーバヒトは本気ではない。けれども嘘でもない。そんな顔をしていた。
「面倒くさい方ですね、貴方は」
「俺が面倒くさいなんて知ってるデショ」
「知りたくもありませんでしたがね」
私はハーバヒトの言葉を無視して書類整理を再開した。
早く片付けてしまわないと、涼萌様が帰って来てしまう。
仕事をしているのは好きだ。
まあ、昔は大嫌いだったけれども。
【鳩と雀】
とある東の小国。
そこでひとりの少女が、雨でぬかるんだ地面に頭を擦り付けていた。
「たすけてください!」
叫んだ先に居たのは、ドス黒い欲望を孕んだ肥えた男。
東の小国では珍しいまでに飛び出た腹は、富裕の証。
こんな豚に私は助けを乞わなければいけないのか……!
屈辱と激しい怒りと羞恥で涙が出そうになった。
けれども泣かないと誓った。
泣いてなんかやるものかと、唇を噛んで耐えた。
じわりと血が滲む程唇を噛み締めて、皮膚が裂けるほど固く拳を作って。頭を地面に擦り付け続けた。
男は少女には見えなかったけれども、欲を孕んだ目で少女の全身を隈無く見下ろし、見定め、吐き気がするかと思うくらいの粘つく声で言った。
「いいだろう。助けてやる」
「……!」
少女は頭を上げた。
けれど次の言葉に、呆然とした。
「その代わり、今日からお前はオレの奴隷だ。もう人間扱いされると思うなよ?」
「ど、れい……?」
「ん? なんだその目は? それに誰が勝手に頭を上げて良いと言った? お前はコイツを助けて欲しいんだろう?」
ベシッと頭を叩く音がする。「うう、」と呻く声に、少女は慌てて額をぬかるんだ土に付けて、喉から絞り出すように言いたくもない言葉を発した。
「……っ、助けて、ください。何でも、しますから……」
その顔に唾を吐き掛けられたら、どれだけ良かったか。
擦り付けていた頭を足で蹴られながら、『彼』が助かる唯一の方法に私は縋り付いた。
それから先は、正に地獄。
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