「おや、坊ちゃん。おそようございます」
ニコリともしない世話係の女が常と変わらない感情の浮かばない目をしながら朝の挨拶(とは認識したくないが)をしてきた。
「本日は朝から大事なテストがあらせられた筈ですが、このようなお時間に起きられて間に合うのですか?」
続けて紡がれたその言葉に頬がひくりと引き攣るのを感じた。
「お前が起こしに来なかったから完璧間に合いませんけど!」
八つ当たりめいているのは分かっている。だが「ああ、遅刻だなコレ……」と悟りを開けそうなほど静やかな、言ってしまえば諦めの境地を味わいながらの寝起きの最悪さを出来れば考慮して貰いたい。
「何故わたしが坊ちゃんを起こさねばならないのです?」
「本気で意味わかんないみたいな顔すんのやめてくんない?」
「本気で意味がわかりません」
繰り返された言葉に思わず「お前オレの世話係だよね!?」という声が飛び出す。
「はい勿論。わたしは坊ちゃんのお世話を旦那様より任じられております」
「じゃあ起こそうよ! それもスズの仕事だろ!?」
批難の声を上げれば「申し訳ございません」と、一切気持ちが込められていない平坦な声で謝罪された。
「確かに坊ちゃんの起床を促すのもわたしの仕事の内ではございますが……坊ちゃんも今年で十三歳。坊ちゃんのこれからを思えば、わたしがわざわざ起床を促さなくとも起きられるようになって頂かねばと、坊ちゃんの寝顔を三十分ほど見つめて考えた末の苦渋の決断なのです」
ご理解くださいませ、と続けられた言葉に一瞬納得仕掛けたが、いや、待てと噛み砕いて理解した言葉の内容に直ぐ様異議を唱えた。
「オレが寝坊した原因ソレだよな!? 何してんのお前!?」
オレの寝顔なんて見てて楽しいのかよ。しかも三十分も。と呟く。
その声色にほんの少しの期待が込められたのは仕方がない。
この鉄面皮で仕事放棄なんて当たり前の、オレを主人とも何とも思っていない金の亡者に限ってソレはないだろうと頭では分かっている。
……わかってはいるが。出会って五年。初めて会った時に見惚れ父に頼みに頼んで側に置けるようになったこの女がついにオレを意識してくれたのかもしれない、と。淡い期待だ。今にも露と消えてしまいそうな程の。
そしてその淡くも縋りたくなるような期待は、やはりと言うべきか形すら残さず霧散した。
「ご気分を害してしまわれたようで申し訳ありません。あまりにも間抜け面して寝こけていたものですから、つい」
「まぬ……っ!」
想い人からの通常通りの悪意ある口撃に思わず言葉を詰まらせる。悪意の塊すぎて、逸そオレが嫌いなんじゃないかとさえ思えてくる。
……そもそも好かれてる何て欠片すら思ってないけれど。
「なあ、お前実はオレのこと嫌いだろ」
内心の心情をそのまま語れば、「滅相もございません」と即座に返された。
「ただわたしは「こんな阿呆面晒して寝ているなんて、寝首をかかれても知りませんよ」と思いながら見ていただけです」
「そんな事だろうと思ってたよコンチクショウ!」
予想はしいた。だから傷なんてこれっぽっちも付いていない。五年の付き合いの中で言えばこんなもの軽いジョブですらないのだ。……決して。決して強がりなんかじゃないったらないンだからなっ!
「つーか何? それ暗殺宣言か何か?」
暗殺なんて現代日本ではあまり馴染みがないような出来事ではあるが、家の規模や父や祖父が行っている事などを考えれば強ち他人事でもない出来事だ。オレ自身、誘拐未遂くらいなら何度も経験している。
「ご安心ください。そんな面倒くさそうな上、給金の出ないことは致しません」
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