人魚姫Ver.3


たった一目で良かったのです。
貴方にもう一度だけでもお会いできれば、私はそれで満足でした。
例えこの足が眠れぬほどに痛もうと。
私の想いが何一つ貴方に届かなかろうと。


私は貴方にお会いする。
その為だけに禁忌を犯した。


後悔はない。
人の世で最も美しく聡明で、陸に上がったばかりで途方にくれていた私を拾って下さった。
そんな優しいあの方が、王子様が。
私なんかを愛してくださる訳もないから。


愛して、くださる訳がなかった。


――――その筈だった。


「何処に行く気ですか?私の愛しい姫」



掛けられた魔法が解ける前に、海の泡(あぶく)となってしまおう。
そう思って城から出ようとした。
けれどそれは王子様が私の腕を捕らえ自身に引き寄せた事で不可能となってしまった。
対価に差し出してしまったせいで「離して欲しい」とも言えず、どうしたものかと思考を巡らせる。
王子様はそんな私の様子に構うことなく口を開いた。


「あなたを見張らせておいて正解でしたね。それとあなたは私の事を勘違い為さっているようですが、私は姫が思うような『優しい王子様』ではありませんよ」


私は酷く狡猾で欲深い人間なのです。
そう切なそうな、けれど熱の籠った声で囁く王子様。


「姫を見付けたあの日から、私はあなただけを大切にすると決めたのです。だから勝手に何処かに行ってしまわれるのは困ります」


―――私が容易く行くことが出来ない海などは、特に。


その言葉にバッと後ろを振り向く。
王子様は笑みを浮かべるだけで何も言わない。
月明かりを背に浴びた姿は神々しいばかりで、あまりにも美しい王子様に思わず見惚れてしまう。


(王子様は、知っていらしたのかしら)


私が人ではないことを。
そんな事、思うまでもなく。
恐らく王子様は、私が黙って海の泡となる事を既に知っていたようだ。


(ああ。なんてことでしょう…っ)


期待をしてもいいのでしょうか?
私が王子様に好かれていると。愛されていると。
そんな、私に都合のいい解釈をしてしまっても。


王子様をジッと見つめる。
言葉を発っせない変わりに、視線に強い想いを乗せて。
私と視線が交わった王子様は、スゥっと目を細めて微笑んだ。



「姫に掛けられた魔女の呪いを、私が解いて差し上げます。だからあなたは私のモノになって下さいね?」


あなたの痛みを取り払う変わりに。
あなたが自由に言葉を交わせるようになる変わりに。
私の姫になって下さい。


そう言って羽根のような軽い口付けを降らされた。


「―――愛しています。私の人魚姫」


end...

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