天使も悪魔も人間も
全てを見下ろし見透かし赦し
その大きな懐で包み込む
それが天界の最高位に座す『神』と呼ばれる存在であり。
魔界の頂点に君臨する『魔王』の永遠の敵。
……の、筈なのだけれど。
「あ、マァちゃん見ぃつけたぁ〜」
「ッ、貴様何故ここに!?というよりどうやって入って来たのだ腐れ不法侵入者めっ!」
「もー。マァちゃんったらお口が悪いよぉ?此処には「入れて?」ってお願いしたらマァちゃんの部下が入れてくれたんだぁ」
そう言われても。
人差し指を向けて気の抜けた様な緩い口調の男が突然目の前に現れたら、誰だって声を荒げると思うのだが。
そんな事を言った所でこの男が意にも介さない事くらいは分かってはいるが。
それくらいなら分かる程度には付き合いも長い。
直ぐ目の前に居る天界に座す神と呼ばれる男は、首を傾げて私を見下げてきた。
平均よりも背が高い私よりもヤツの方が目線が上だから自然と見上げなければいけないことになるのだが、正直言ってかなり屈辱的だ。
それにいくら魔界では見ないようなキラキラと輝くような金髪であろうとも。
天界の澄んだ空と同じ瞳を持っていようとも。
――つまりは顔が良かろうとも。
首を傾げるだなんて様にはなるが、男がやって可愛い仕草では全くない。
(むしろ寒気がするわっ)
鳥肌の立った腕を宥めるように擦れば、困ったような神と目が合った。
「何だ?」
「んー、それはこっちのセリフなんだけどねぇ」
「は?意味が分からんな。貴様は相変わらず私と会話をする気がないのか?」
複雑な眼差しで私を見下ろす神。
けれど視線は私、というよりもその後ろを見ているような気がする。
いつもは不躾なほどガン見してくるというのに、一体コイツは何がしたいんだ?
そもそもコイツを魔王の私室に入れた私の部下は一体何を考えているんだ。
1日の締め括りに何故こんな男に会わなくてはならないのか。
ああ、イライラする!
――よし。コイツを部屋に招いた部下を後でボコろうそうしよう。
風呂上がりで下着とズボンを身に付け、さあ軽い運動(という名の魔界一周お忍び視察)でもしようかという時にわざわざ訪ねてくるコイツもコイツだ。
「え。マァちゃんもしかしてその状態で行くつもり?」
「思考を読むな腐れ神。上にコレを着ていくに決まっているだろう?下着姿を晒して外を出歩くなど痴女ではあるまいし」
「……え、それ?」
おへそ、見えてるよね?
と呟きながら頭を抱える神を横目に首を傾げる。
「なんだ。どうかしたのか」
「マァちゃん。あのね?一応マァちゃんは女の子な訳だから、そんな危ない格好で出歩いちゃダメだよ」
「ふんっ。私に危険な事などある訳がないだろう。私は魔王だぞ」
魔王の座を奪わんと襲い掛かってくるような気概に溢れた魔物も近頃は現れんわ。
私の言葉を聞いた神は、「うん。マァちゃんが無事なら良いんだけどね…」と遠い目をしながらそう言った。
お前が何を危惧しているのか全く分からん。
「というか、だ。ずっと気になっていたが、何だ『マァちゃん』って」
「本当に今更だね。魔王の『ま』を取ってマァちゃんだよ?可愛いでしょ?」
「そんな気の抜けた様な呼び方をされると示しが付かんではないか」
「えー。だってマァちゃん名前呼ぶと怒るし。でも魔王なんて他人行儀みたいで呼びたくないからしょうがなくない?」
「っあんな恥ずかしい名を呼ばれて堪るか!それに私と貴様は他人だろうが」
「えー」
「えー、じゃない。大体貴様はいつまで女の私室に居座るつもりだ!」
「あ。一応男認識してくれてたんだ。普通にそのまま流されちゃってたから認識されてないのかと思って焦っちゃったよ〜」
ああ言ったらこう言う。
全く以て掴み所のない神と話していると頭が痛くなってくる。
良い加減この自棄に煌めいている笑顔で笑うコイツを殴っても許されるだろうか?
戦争が起きる?
むしろ視界からコイツが消えてくれるなら此方から吹っ掛けてくれるわ。
「うーん。戦争なんて面倒な事はしたくないなぁ」
「だから思考を読むなと言っているだろう!」
「だってマァちゃんの思考って読み取り易いんだもん」
「男が“もん”とか言うな。気色が悪い」
「まあまあ、そんなカリカリしないで。――所でマァちゃん。マァちゃんはいつまでそのままで居る気ぃ?もしかして誘ってたり」
「するわけがない!貴様が居たら着れるモノも着れんのだ!さっさと出ていけっ、変質者め」
「あははー。マァちゃんの怒りんぼー」
阿呆な事を言い募る神に良い加減我慢も限界で、巨大な炎の塊でも出してぶつけてやろうか。
そう思った時。
へらへらだかふにゃふにゃだか分からんがだらしなく頬を緩めながら神がツカツカと近寄ってくると、自分が着ていた純白の上掛けを私の肩に掛け羽織らせる。
「ふふ。出ていくのはヤダから俺のを貸したげるね」
「……魔族が白を纏うとはな」
「そーいう事は気にしなーい。折角協定汲んだんだしさぁ。あ、どうせなら俺も黒を纏おうかなぁ」
「私ならともかく。貴様はまた嫌味でも言われるぞ」
意地悪く口端だけを上げてそう言えば「それは困るなぁ」と眉を寄せて嫌そうに顔を歪める神。
白。は神族が纏う色。
黒。は魔族が纏う色。
誰に教わったわけでもないが本能でそうだと思うこと。
それを平和協定を結んだとはいえ、只でさえ魔族嫌いの激しい神族の奴等が良しとするわけがない。
「貴様はそんなことを口にする前に、女の部屋に無断で入ることを止めろ」
「あはは。次はノックして入るよ」
神はニコッと笑って頭を撫でてくる。
チクッと触れられた場所が痛んだ。
耐えられない程ではないが、一体この神は何を考えて私に触れているんだと眉を寄せる。
神と魔王は表裏一体。
同じ様で正反対な私達が触れ合えば科学反応を起こしたように痛みが走る。
それを知らない筈ないのに。
「ごめんね。痛いよね」
「そう思っているんだったら触れるな」
「うん。ごめんね」
「だから触れるなと……、はぁ。もう好きにしろ」
一向に止める気配のない神は、撫でる手を止めるどころか私を抱き締めてきた。
ズキズキとした痛みが全身を走るが、痛みには慣れている。
それにコイツが簡単に離してくれるとは思わないから、諦めたように溜め息を吐いて身を委ねる。
チラリと見上げた神は眉を寄せ痛みに耐える仕草をしながらも、何故だか嬉しそうに笑っていた。
(……痛いのなら、離せばいいのに)
全く、阿呆だな。
離れようと思えば離れられるというのに、この腕に抱き締められたままでいる私と、どちらが真の阿呆か。
「ねえ?俺ね。マァちゃんのこと好きだよ」
「戯れ言だな」
「えー、本気なのにぃ」
本気と言いながら冗談にも取れる口調の神に苛立ちが募る。