「全能の逆説、というものを知っているかしら?」

「は?」

「お馬鹿さんな貴方に分かりやすく言うなら、全能は全能であるが故に全能ではない、ということよ」

「えー…っと。全くもって意味が分からないんですけども」



そもそも何故にそんな話に飛躍した?
首を傾げてみても口に出しては言わない。言ったが最後。何十倍にもなって返ってくるからだ。



「貴方が言ったからでしょう?“アンタは正しく神に選ばれたような完璧な人間だな?”と。ああ、皮肉であることくらいは理解しているわ」

「……だったら。どうしてその話からそんな全能が……なんたらになるんすか?」



皮肉であることは確かに間違いはない。
間違いはないのだが、敢えてそれを指摘することもないのではないかとも思う。
嫌がらせか?と言った所で、先に嫌味を言ったのは貴方です。と言われそうだからやはり口は開かないが。


そしてそれは適切な判断なのだろう。
何故なら彼女を口で負かすことをいくら考えても、全てが敗けで終わるのだから。
要らぬ傷を増やすくらいなら、何も言わずに居た方がいいに決まっている。



「貴方の皮肉を真に受けた訳ではないのだけれど。それでもやはり訂正をするならば、私は“完璧”ではない。ということだわ」

「はっ?」



どの口がそれを言うんだ?
と、俺が思ってもしょうがないだろう。


眉目秀麗。
才色兼備。
文武両道。


それらの言葉は彼女のために誂えられたような言葉で。そして彼女もそれを当然であるかのように振る舞っている。
些か俺に対しては不遜で無愛想であることを除けば、誰もがお近づきになりたいと思う類いの女だ。


俺以外の人間ならば。
何をしたのかなんて知らないし、今更知りたくもないが。
何故か俺は彼女に嫌われている。
口を開けば意味の分からないような言葉の羅列を紡いではからかうのだ。
俺の頭の出来が悪いことは彼女もしっかりと知っている筈なのに。
これはもう嫌われていると思うしかないだろう。



「アンタは紛れもなく完璧でしょうが」



それでもね。
嫌われていようがなんだろうが、アンタが凄いってことくらいは胸張って言えるんですよ。



「アンタが完璧じゃないって言うなら、何が完璧なんだって話になりますよ」



最初は少しくらい好意を持たれていると思っていた。
けれどそれは数週間もすれば消え失せた。
今はただひたすらに事務的に返事を返すだけだ。
たまに意味が分からなすぎて言い返したりもするが、それだって俺のせいではない筈だ。


可愛げも何もあったものではない言葉の応酬に、もう少し女らしくなればな、と溜め息を吐く。
もちろん内心でだ。
今俺のことをビビリだの小心者だの思ったヤツは今すぐ俺と変われ。
彼女の言葉がいかに破壊力を持っているか身をもって体験させてやる…!



「……貴方はやはりお馬鹿ね。どう控えめに言っても覆らないほどの」

「ああそうですね!アンタに比べりゃ大抵の人間は馬鹿でしょうよ」

「ええ。本当に、驚く程のお馬鹿だわ」

「……さすがの俺もバカバカ言われて平気な訳じゃないんすけど」

「ああ、そうね。その通りだわ。どんなお馬鹿でも事実を指摘され続けるのは確かに苦痛だものね。ごめんなさい」


……謝られてる気がしねぇ。
そうは思っても思っているだけしか出来ないのが俺だ。
小心者でもなんでも言うがいいさ!

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