黒い羽に紫の縦縞が一本入った蝶。
指先に止まったそれにふぅ、と息を吹き掛ければひらひらと二、三度答えるように羽を動かし目的地まで飛び立った。


一瞬目で追ってから瞼を閉じる。
次に目を開けた時には、匂い立つ鮮血のような赤色とカラスよりも黒い薔薇が敷き詰められるように咲いた屋敷の前に立っていた。


カツンカツンと靴音を鳴らしながら迷いなく石畳を進み、玄関の前に立てば音を立てずに扉が開く。
いつものことなので対して気にせず、紅い絨毯が敷かれた屋敷の中を進む。


目につくもの全てが赤と黒で統一された屋敷は病的で。
けれど如何せん。何百年とこの屋敷の主と交流を持ったが為に当の昔に慣れてしまった。


しばらく歩くと奥まった一室の扉の前に立つ。
迷い無く開ければ、そこにはティーカップを傾けて紅茶を飲む銀髪の女と菓子に手を伸ばしたままの状態で固まる黒髪の青年の姿。
銀髪の女の肩には先程放った蝶が止まっていた。
どちらも黒を基調にした衣服を纏っており、寄り添い合う姿に仲の睦まじさを伺える。
何百年も夫婦という関係を営んでいるのに、この女の種族は相も変わらず、気持ちが悪いくらいに一途だと内心で毒を吐く。
この場に男の伴侶が居れば、人のことなど言えた義理ではないと笑っていただろうが。……今は居ない。居ないから、態々訪ねたのだ。


「まあ。お久し振りですわ。貴方が態々ウチにいらっしゃるだなんて」

「――アイツはどこだ」


わざとらしい言葉には答えずに用件だけをさっさと告げる。
それだけで自分が言いたいことを理解した女は呆れたような表情を作った。


「突然『来る』だなんてこの子を寄越したかと思えば、また貴方に告げずに何処かに行ってしまわれたのですか?」


肩に留まる蝶の羽を指先で撫でる女。
使い魔である蝶が擽ったそうに身を震わせているのを見兼ねて指をパチンと鳴らすと煙のように姿を消した。


「そうでなければ誰が好き好んでこんな目に痛い場所に来るか」

「まあ?」


ピクリ、女の眉が跳ね上がる。
けれど男は気にした様子も無く言葉を重ねた。


「3年は我慢した。が、これ以上は待たん。云え。――セレフィナはどこだ」

「……あの子は本当に何も云わずに出掛けたのですね」


呆れたように溜め息をついた女は真向かいに置かれた黒のシックなソファーを無言で勧める。
此方も無言で座れば、どこからともなく現れた血色の悪い侍女が紅茶を置いていった。
それには口を付けず、本題を進める。


「アイツの放浪癖をいちいち咎めるのも馬鹿らしい。そうだと知っていて尚、婚姻を結んだのは俺だ」


男の妻には酷い放浪癖があって。最長で50年、何も知らせを寄越さず人間界を流離(さすら)っていた時もあった。
それに比べれば3年なんて短い時間だ。
長命を誇る自分、というよりも魔族に取っては大した時間では決してない。瞬きをすれば過ぎるような時間だ。
多少の不満はあれど、そんな所も含めてセレフィナを心から愛したのは自分。
けれども。と男は続ける。

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