「私が死ぬ未来は変わらないわ。私がそれを望む限り、覆ることはないの」
なら望むなよ。
そう言いたくても、唇には未だに細く白い指が宛てられている。
目線で辿ればか細い腕。
ほんの少しでも力を加えたなら折れてしまいそうな華奢さだというのに、彼女はこの世界から恐れられている。
――可笑しな話だと思わないか?
一体彼女が何をしたって云うのだ。
彼女はただヒトとは異質な力を持って生まれた、ただそれだけだと云うのに。
「色々ありがとう。貴方のお陰で結構幸せな人生だったと思うわ」
「恐れられて、避けられて、利用されて、最期は殺される…!そんな人生が、幸せな訳ないだろっ!」
「――幸せだよ」
彼女は嬉しそうに笑って言った。
「貴方に出会えて、貴方に愛されて、貴方を愛せた。そうして最期まで貴方が側に居て、――私を殺してくれる。他でもない。大好きな貴方に殺される。これ程幸福な人生、他にはないと思うわ」
にこりと微笑んだ彼女に、止めてくれ!と叫び出したくなった。
頼むから、本当に幸せだと言うような顔をしないでくれと。
「……もう、どうしようもないのか」
絞り出すように出した声は情けなくも震えていて、
「ない」
それに返ってきたのは無情な言葉。
「……そうか」
そうか、と呟いて、掴んでいた彼女の手首を離す。
スルリ、掌を撫でた布の感触を、俺はきっと一生覚えているのだろう。
この手で君の死を認めた
この手で君を殺める事が決まった
――この瞬間を。
これから先、一生抱えて生きていくのだ。
「ありがとう」
嬉しそうに笑って、一歩、彼女は離れた。
手を伸ばせばまだ届いてしまう距離。
けれど手を伸ばして君を拐うことすら出来ない関係。
「さようなら、なんて私が言ってもいいのかな」
問い掛けた訳ではない、ただの確認のような独り言に、果たして応えて良いものか。
遣る瀬無く微笑めば、彼女もまた応えるように笑みを深めた。
思えば彼女はずっと笑ってばかりだ。
今だけでなく、彼女の終わりが決まった、俺達の出会った時ですらその顔に笑みを浮かべていて。
『笑っていれば、大抵の嫌なことは吹き飛ぶものよ』
そう言っていた彼女の声を思い出して、何故だかワッと泣き出したくなった。
「お前は、こんな時まで変わらないんだな」
「私らしいでしょう?」
「……そうだな」
本当に、お前らしいよ。
悔しいくらい、悲しいほどに。
お前がお前らしさを失って、俺の手を取ってくれたなら、どれだけ良かったのにと何度願ったことか。
けれど何処かで分かっていたんだ。
お前はそんな真似はしないのだろうと。
俺の惚れた女は、そういう奴なのだと。
――けれど願わずには居られなかったよ?
(お前と生きる未来を、夢だけで終わらせたくはなかった)
それを願うことすら、この世界では罪なのだとしても。