「……だから」
「何か言いました?」
「なぁに?幻聴?仕事のし過ぎではないの?大変ね」
「誰のせいですかね!こんにゃろー。……ったく。それで?この書類は第3会議室に持ってきゃいいんすよね?」
話は一時休戦だとばかりに出来上がった書類を持って彼女に見せれば、即座に頷かれた。
言葉の応酬を繰り広げていた間も手をひたすら動かし続け、積まれた書類の山をサイン済みの山に変化させていた彼女の手腕を見れば、やはり彼女は完璧だと思うのだが。
いやはや天才というのは凡人の理解能力では計れないらしい。
「ええ。お願いするわ。それが終わったら今日はもう上がっていいわよ」
「そりゃどーも。……あの、」
「何かしら?」
コテンと首を傾げる様は、なまじ顔が整っているから妙に似合っていた。
まあだからといって普段の彼女の本性を知っている身からしたら可愛さの欠片も感じないのだけど。
「なんで俺を引き抜いたんすか?」
「今更な質問ね」
「そう言えば聞いてなかったなー、と思い出したんで」
彼女がいるこの場所がどれだけの優秀な人間で構成されているか、軍事に関わっている人間ならば誰でも知っているような常識だ。
だからこそ俺みたいな、学も無い、平民上がりの軍人を側に置いている理由が分からない。
彼女は一瞬考える素振りを見せて、
「貴方が馬鹿正直な人間だからよ」
そう答えた。
「は?なんすか、それ」
馬鹿正直な人間だからって、アンタはこんな時まで人を馬鹿にするのか。
人がちょっと真面目な話をしようとするとすぐこれだ。
彼女の性格だと思って目を瞑るしかないのだろうか。……仮にも上司だし。
「そのままの意味よ。貴方は馬鹿正直で、嘘がつけないでしょう?」
その問いに、渋々ながら頷いた。
「だから貴方を引き抜いたのよ」
満足げにそう言うと、表情筋が死んでいるんじゃないかってくらい滅多に変わらない彼女が笑みを浮かべていた。
彼女の本性を知っているから可愛い、なんて絶対に思いたくないけれど。
「分かったならさっさとその書類を提出してきて頂戴」
「へいへい、んじゃ行ってきます」
そんな風に思っていれば彼女は既にいつもの無表情に戻っていて。
少しだけ、勿体無いなと思った。
けれどそれをおくびにも出さずに書類をひらひらとさせながら部屋を出ていく。
だから彼女が俺の出て行った後になんと言っていたのか、俺は一生知ることはない。