彼女の言葉が張り詰めていた空気を緩ませた。
ふんわりとした空気を纏いながらも、芯の強さは誰にも負けず、見るもの全てを魅了するような美しさを持つ“彼女”に、私に向けられていた視線は全て向かっていった。
“彼女”――愚かしい程に憐れな、我が弟の前妻であり、私の大切な友人は、コツコツと靴音を鳴らしながら数多の視線を受け、けれどもそのどれにも答えずに私の前に向かい立った。
王宮から去る前と変わらぬ強さを含んだ瞳に、人知れず安堵をするのは、私なりにこの状況に辟易としていたからか。
「貴方が一人になった所を狙おうかと思っていましたのに、中々一人になって下さらないから困ってしまいましたわ」
「すまないね。私は随分憎まれているようで見張りが中々絶えなかったんだ」
ふふ、その様ですね。
和やかに微笑む彼女に彼女が去る前と何ら変わらず言葉を返せば、キィ、ンと音が響く。どうやら弟が大理石の床に剣を落としたようだ。
それもそうだろう。
要らないモノとして捨てた彼女が、なんてことないようにこの場に立って居るのだから。
「な、ぜ。何故お前がこの場に居るんだっ!」
「何故、と言われましても。私は案外一途でして、貴方に捨てられても嫌われても貴方を愛してしまっていますからねぇ」
貴方の為なら何だってしようと思ってしまうのですよ。
「この反逆行為だって、本来貴方が負うべき咎では無い筈でしたし」
弟に顔を向けることなく、暗にあの姫のせいだと言って除けた彼女に苦笑を漏らす。
本来弟が背負うべきでは無かった。
いいやそもそも誰かが背負う必要も無かった筈なのだ。
何故ならこの反逆行為は。
あの姫が現れなければ実行される事さえ無かったのだろうから。
「許さない!この場にお前が立ち入ることは許さないっ!」
許さない。か。
全く。お前はそれしか言えないのか?
彼女からはお前の表情を見ることは出来ないけど、私からは良く見て取れるんだよ。
嫉妬と愛憎がない交ぜになった、男の顔が。
言ってやれば良いものを。
「俺以外を見るな」と。
それとも一度捨てた女にそんなことを言うのはプライドが許さないか?
(お前の敗因はその自己中心的な考えにあるんだろうねぇ)
敗因、といっても。
誰をもが私を敗者と見るだろうけれど。
私が言いたいのはそんなことじゃないと、分かっているだろう?
彼女はお前が思っている程、可愛げがある女じゃないんだよ。
「それで。一途なお前は私をどうするつもりだい?」
「んー、そうですねぇ。陛下を殺してしまうのは当然として、」
「――死にたがりなクセに寂しがり屋な王様を、一人で死なせてしまうのも可哀想ですし。私も一緒に行ってあげましょうかね」
にこりと眉尻を下げた彼女に、驚愕からか目を見開く弟。
彼女が来た時からこうなる事は分かっていた。
彼女は優しくて自分に頓着だなんてしないから、そう言ってくれると思っていた。
死にたがりなクセに寂しがり屋な私を一人にはしないと。
もし、お前の隣にあの姫が居なければ、私と同じ様に寂しがり屋なお前を置いていこうだなんて考えもしなかっただろうけれど。
自分が居なくても大丈夫だと思っているお前と違って、今の私は一人では寂しくて死ぬ事すらも満足に受け入れられそうにないだろうから。
きっと彼女は付いてきてくれると思っていたんだ。
お前が彼女以外を選んだ瞬間に、彼女がお前の側で死んでくれる未来は無くなっていたんだよ。
だからそう驚くな。
「……っ」
ハクハクと唇を動かすけれど、予想もしていなかったのだろう事態に声帯が役目を放棄しているらしい。
驚愕?焦燥?
――今さら遅いよ。
彼女の心を手に入れて。
それで満足していれば良かったのに。
「お前に王座をくれてやる」
玉座だけじゃない。
大切な彼女さえも一度はくれてやったんだ。
ならせめて、
――彼女の命くらい貰ったって、許されるだろう?
(心も身体も、決して手には入らないのだから)