緑豊かな国。
隣国との友好も深いこの国の王宮。
その片隅に、誰からも忘れられたような塔があった。
そこの頂上には金糸に輝く髪を持った、神子が幽閉されている。
数年前に起きた、王の側室毒殺未遂事件の犯人として。
本来ならば死刑とされてもおかしくない立場ではあった。
だが、神子は次代の神子が育つまでは何をされても決して死なず。朽ちない。
故に幽閉という形を取ったのだ。
「仮にも国を守護する神子を幽閉するなど」と声が上がらなかったわけではない。
いや、むしろ国の重臣達は一様に異を唱えた。
「毒を盛ったという明確な証拠も無い。それに側室は生きているではないか」と。


けれどそれを許さなかったのが、当事者である側室とその親だった。
とんだモンスターペアレントである。


「わたくしは毒を盛られたのですよ!?相手が神子様だとしても怖くて城では相対したくはありませんわ!」


話し合いの場として設けた席で、そんな風に息も切れ切れに捲し立てられ。
どうしたものかと神子を見やる。
しかし当事者である神子はどこ吹く風。無関心を貫いていた。
重臣達の頭に「もしかして当事者だってことに気付いていないのでは…」なんて恐ろしい疑問が過ぎる。
それ程に神子の態度は変わらない。
いやむしろ国王が神子の為だけに海向こうの商人を呼び寄せて買い与えた貴重なお茶の香りを楽しんでいた。
弁明も弁解も、誤解なのだと言う気すらないと言わんばかりの態度だ。

側室にしてみたら神子の態度は気に食わない。
これでは自分がただ不平不満を喚き散らしているだけの痛い子じゃないか、と。
プライドだけは一人前の側室は憤る。
その憤りはそのまま神子に向かうが、神子は胸ぐらを掴まれようと、突き飛ばされようと、聞くに堪えない暴言を叫ばれようとも。

一切反応しないのだ。
重臣達が必死に側室を止めようとしているのにすら無関心。


この時点で重臣どころか側室の親ですら「おや?」と思い始めた。
というよりも、よくよく考えてみれば分かることなのだが彼の神子はこの国において唯一絶対の清らかな魂を持つ女性の筈だ。
しかも前の大戦で英雄と呼ばれた国王が唯一自分の意思で欲した正室である。


つまるところ。
清らかな魂を持ち、英雄と呼ばれる国王の“正室”が“側室”に毒を盛る意味なんて、逆はあるにしても無いに等しいのではないか。
第一、彼の神子は誰よりも優しくどんなことでも笑って許してくれるような、文字通り神の子のような女性なのだ。
誰かを貶める為にそんな事をする筈がない。


側室が言ったことを信じる者はこの場から――その両親でさえ――消えた。


それならばこんな問答も無駄ではないかという空気が周囲に霧散する。
それを敏感に感じ取った側室が虚偽ではないのだと姦しく喚き立てるが、今やモンスターじゃなくて、両親すらも自分の娘である側室を疑いの眼差しで見やっている。
それでもまだ口を閉じない側室にいい加減側室に対して退室を促そうと大臣が立ち上がった時だった。
澄みきった清流のような声で、今まで他人事のように傍観していた神子が口を開いたのは。


「あのう、ひとつ質問をしても宜しいですか?」

「あ、は、はい。どうぞ」


大臣が吃りながら神子に言葉を促せば神子は涼やかな声の調子を変えずに、言い放った。


「彼女が誰かは存じませんが、言ってしまえば彼女は国王の寵愛が欲しいということで良いのでしょうか?」


その場に居た全員の気持ちを表すのならば「……はい?」だった。
彼女が誰だかは存じませんがって、え?確か何度か顔合わせを行った筈ですが?
そうこの場では少々若めの臣下が怖ず怖ずと申し出れば、神子はコテンと首を傾げる。


「え?陛下に側室様が要らしたんですか?申し訳ありません。全く存じ上げませんでした。今までお会いした時はいつも大臣のどなたかの奥方だとお聞きしておりましたから」


二度目の「はい?」だ。
しかも今度はそれに側室が加わった。
神子は不思議そうな顔をしながら、今まで夫たる国王に言い聞かされていた言葉を発する。
それを要約するにだ。
国王は『正室である神子以外に妻は居ない』と言っていた、らしい。



阿呆かあの国王。



またしてもその場に居た全員の心が1つになった。

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