滅多に来ない学校に久しぶりに行った時、求めて止まない黒髪が見えて後を追った。
そこには随分と様変わりしてしまったキミの姿。


「ねぇ?悔しくないの?」


しゃがみ込んだ後ろ姿。
その震える背中に真っ先に投げ掛けたのは、慰めでもなければ蔑みでもない。
ただの疑問。
一瞬だけビクリと震えたキミはそれでも気丈に、こちらを決して振り向かずに言葉を返す。


「悔しくないわけないです」


濡れた声で鼻を啜りながら、彼女は「でも」と続ける。


「何かを言って、どうにかなる事でもないでしょう?」


僅かに震える声でそう言った彼女。
良く見れば彼女の制服は所々汚れていた。
多分、怪我だって相当しているのだろう。チラリと見えたスカートから覗く足には彼女には不似合いな白い包帯が巻かれていた。
それでも学校に来ている彼女に、凄いと言うべきか、馬鹿なのかと言ってやるべきか。
ふぅ、と彼女にバレないよう小さく息を吐き出した。


ここ最近起こっている彼女への執拗な虐め行為は知っていた。
一歩間違えれば人の命を奪うのだと知らない、純粋な悪意によるそれはみるみる間に学校中に広まっていったようだ。
最後に見た時よりも一回り小さくなっている彼女の身体を見れば、一体何をされたのかと逐一問い質す気は起きない。
彼女を見て、今まで集めた情報を纏めれば、それで十分だ。


――本当は、直ぐにでも助けに来てあげたかった。
だけど生憎、ちょっと前に起こした暴力事件がバレて半月の停学処分を受け自宅謹慎になっていた為に会いに来れなかったのだ。
本当はそんなものを律儀に守らなくても良かったけれど、真面目なキミは怒るだろうからキミに習って大人しくしていた。

けれどこんな事になるのだと知っていたら、何があっても側に居続けたのに。
その気になれば教師なんて脅すくらい訳ないんだから。
それでも言い訳をするならば、まさかたった半月。俺が居ない間を狙ったかのような短期間にこんな事が起きるだなんて、流石に予想は出来なかったよ。


彼女が虐めを受けていると知ってからは直ぐ様情報を掻き集め、虐めの理由と原因を探った。
万が一にも彼女に非はないと分かってはいたけれど、あまりにも広まり方が早すぎる事が気になった。
それに虐めの度合いも激し過ぎる。
あまり目立つ方ではなく、周囲から「地味だけどいい人」程度には思われているキミがこんな激しく虐められるには何か要因があった筈だから。


だから探して、調べて、そうして知った虐めの原因に笑ってしまった。


キミが虐められている理由は、キミの恋人に惚れた女の狂言から始まったというではないか。


あまりにも馬鹿らしい。
馬鹿らしすぎて―――その狂言を簡単に信じてしまったキミの恋人を殺してしまいたくなったよ。

自分の恋人の言葉よりも、赤の他人である女の言葉を信じた。
キミの恋人には呆れ果てて言葉も出ない。


「ふぅん?じゃあキミはアイツと居て楽しいの?」

「……分かりません」

「楽しくない?」

「……分かりません」

「そう。ならさ、」


アイツと今も居る意味が分からないのなら。
キミが良く見せた控えめなのに人を惹き付ける優しい笑顔を、何時からキミが浮かべていないのかすら気付けないような恋人なら。
キミがそんなにも悲しそうに1人で泣き続けるというのなら。
そんなキミを素知らぬ振りをするようなキミの恋人から、



―――奪ってもいいよね?



「俺と一緒に居ない?ほら、俺も1人だから」

「え?」

「楽しいのかも分からない奴と一緒に居る意味なんてないでしょ?だから、俺と一緒に居ようよ。お似合いだと思うな、俺達」


全校生徒から畏怖されている俺と。
全校生徒から嫌われてるキミ。


ね?お似合い。


にこりと笑う。
普段はへらへらしているように見せているけど、キミ以外に笑顔を見せた事が実はない。
これからもキミ以外に本当の笑顔なんて見せる気もない。


「一緒に居よう。守ってあげるよ?」


まあこの手を取るか取らないかはキミ次第。
だけど拒絶される何て考えてもいないんだ。
ただキミが選んだという事実が欲しいだけ。
それが一番大切だからね。

言葉なんてさ。心が伴わなくてもなんとも言えるだろ?
上辺だけで何だって言えるだろ?
心が伴わない言葉で、心に響く言葉はいくらだって言えるだろ?

だからそんなものを俺は信じたりしないよ。
そもそもキミはもう、信じること事態出来ないだろう?
信じて、疑われて、そうして今キミの側には誰も居なくなったんだから。
信じろって云う方が無理だよね。


だからさ。
キミは俺を信じなくていい。信用しなくていい。
キミはだだ、



―――この手を取ればいい。



「柚希。どうする?俺は絶対に柚希を裏切ったりはしない。けれどもしも裏切られることが怖いのなら、俺が柚希を裏切った瞬間。俺を殺したって構わない」



言葉に嘘は無い。
キミがそれだけ大切だから。
俺ならキミを全力で守ってあげるよ?
俺なら柚希を全身で想ってあげるよ?


だけどそれでも、最後に決めるのは柚希。キミだから。



「わたし、は、」



震える肩で震える声で、鼻を鳴らしながら。
小さく呟かれた柚希の言葉に自然と口角は上がっていった。

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