次の授業の為に教科書を用意していると、トントンと肩を叩かれた。
振り向くと、選択授業の時だけ同じクラスになる隣のクラスの藤澤くんが少し困ったように眉を寄せていた。
なんだと思っていれば、藤澤くんはその答えをベストなタイミングで口にした。


「教科書忘れちゃってさ、良かったら一緒に見せてくれない?」

「……いいけど、私のでいいの?」


正直、藤澤くんと会話らしい会話なんてしたことはない。
隣同士の席だからというのなら、藤澤くんの隣の席の、つまりは私とは反対側の狩野さんに見せて貰うのでも良いわけだ。
狩野さんは藤澤くんに気があるのか、良く話し掛けているのだし、そちらの方が見せて貰いやすいのではないのだろうか?
ほら?今だって此方を気にした素振りを見せているわけだし。
そんな意味を大いに含めて、もっと言ってしまえば私を面倒くさそうなことに巻き込むなという本音を交えてそう言ったのだが。
藤澤くんには伝わらなかったようだ。
少しだけその切れ長な目をキョロキョロとさせて、もじもじとお腹の辺りで指を遊ばせている。


「み、宮原がいいんだ!というか、宮原以外だと意味がないっていうか……」


段々と尻すぼみになっていく言葉に「はあ、」とだけ返して。
何だか良く分からないが、机を藤澤くんの方に少しだけ寄せた。


「…え、…え?」

「なに?一緒に見るんじゃないの?」

「あ、うん!見たい!……でも、いいの?」


勢い良く頷いたかと思えば、途端にしょんぼりとする。
そんな藤澤くんが可笑しくて少しだけ笑いながら、だって、と囁いた。


「必要なんでしょう?」


なら見ればいいんじゃないの?


「……迷惑じゃない?」

「別に?迷惑なんて思ってもないけど」


ただちょっと狩野さんの視線が痛くて、後で面倒なことを聞かれるのかなと思うと、少し憂鬱なだけだ。
迷惑なわけではない。


「というかさ、たかが教科書を見せることに迷惑も何もないでしょう?」

「……そ、そうだよね」


藤澤くんはどこか嬉しそうな、それでいて複雑そうな表情を浮かべると自分の机を私の机に寄せて、席に座った。


「じゃあ、お願いします」

「いえいえ。まあ、見辛かったら言ってね?」


何せ席と席の間に広げているわけだから、読みにくいことこの上ないだろというつもりでそう言えば藤澤くんは、ううん、と首を振った。


「宮原の教科書だから、大丈夫、大丈夫」

「いやいや、何が大丈夫なのか分からないけど、とりあえず藤澤くんが大丈夫?」


大丈夫と呪文のように繰り返す藤澤くんに向けてそう言葉を投げ掛ければ、ハッとしたように此方を向いた。
バチリと視線が合う。わー、睫毛長いな。
そんなことを考えていれば勢い良く首を狩野さん側に向けてしまった。


うん?私の顔はそんなに見れたもんじゃないとか言うのかな?
それともまじまじと見すぎた?
でも見たくなるような顔だったんだからしょうがないじゃないかと開き直る。
男の人にこう言うのは失礼なのかも知れないけれど。
綺麗って藤澤くんの為にあるんじゃないのかなと本気で思ってしまうくらいには藤澤くんの顔は整っていた。
何せ人にあまり興味がない私が思わず5秒はガン見してしまったのだから。


最初は一体なんなんだとも思ったけれど、この時間は目の保養にさせて貰おうと、そんな暢気なことを考えていた。






まあ実際は藤澤くんが何故か此方をチラチラと見てきたり、ノートの切れ端に文字を書いて会話を試みようとしてきたりしたので、目の保養にするどころではなかったのだけれど。


(藤澤くんってフレンドリーな人だったのね)


いつも誰かに囲まれて楽しそうに話していたのを見たことがあるから、それなりにコミュニケーションに長けた人だとは思っていたけれど。


(若干、どころか、かなりめんどいな)


スキンシップもフレンドリーに接されることも好まない私にとっては、いくら話上手で会話に尽きないとはいえ、苦痛以外の何物でもなく。
たかが教科書を見せるだけというこの行為を後悔する日が来るとは一切思わなかったと、授業が終わった後に机に突っ伏した。


長い1時間だった…。
これだけで1キロは確実に痩せたと実感するくらいには疲労感を感じた。


「ご、ごめんね?俺、話し掛けすぎた?」

「……ああ、まあ、気にしないで。ただ私があんまり慣れてないだけだから」


あ、失敗した。
これでは迷惑だって言っちゃってるようなものではないか。
そう思ってももう遅い。
藤澤くんは顔を青くして「っごめん!」と謝ってきた。


「別に藤澤くんが悪いわけじゃないよ?私が苦手だってだけ」

「でも、」

「それに藤澤くんと話すの、私も楽しかったから。だから気にしないで?」


そう言ってへらりと笑えば、藤澤くんはカァッと顔に熱を集めた。
んん?今のどこに照れる要素があったんだ?


「……い、」

「ん?なに?」


小さな声に何を言っているのか聞こえずに、机に突っ伏したままの体勢で聞き返す。
藤澤くんは意を決したように私を真正面から見据えると、真っ赤な顔もそのままに口を開いた。


「…また、話し掛けても、いい?」


言い切ると、そのままうつ向いて指遊びを始めてしまった藤澤くん。
指遊びは癖なのかな?そんなどうだっていいことを考えながら、藤澤くんの言った言葉を反芻する。
そうして、うん。と頷いた。


「別に構わずに話し掛けて貰っても大丈夫だよ?」


あ、少し偉そうだったかな?
何分人付き合いなんて限られた範囲でしかしないものだから、どうにも対応の仕方が分からない。
とりあえず藤澤くんの顔に不快の色が見えないから、それで良しとしよう。


「じゃあ、じゃあ!また話し掛けるからね!」

「うん。どうぞ?」


一体なんの宣言だと、言い終わった瞬間に狩野さんの方に小走り気味に近寄って行った藤澤くんの背を目で追いながら、そう思った。

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