「そりゃ恋しちゃってるんじゃないの?」
「ふぅん……これが恋ねぇ。あー、しっくりくるわ。うん」
「……いや、認めんの早すぎだろ」
「薄々気付いてたからねぇ」
そうだよ。
薄々気付いてたんだよ。
千帆が他の男に笑い掛けてるだけでイライラして相手の男を殺したくなるし。
逆に千帆が側に居れば何も要らないくらい安心する。
あまりにも浮気が酷くて千帆が別れる、なんて言い出した時には本気で監禁して孕ましてやろうかとさえ思った。
こんな感情、確かに知らない。けれど俺は無知じゃない。
これがどんな感情でどんな名前が付くかくらいは分かってた。
だけど認めるなんてそう易々と出来なかったし、確信も無かったからダチに聞いただけ。
返ってきた俺と同じ答えに満足して、先月卒業したため学校に居ない千帆にメールを打つ。
『今日、会いに行くから』と最近会えない彼女に半ば強制すれば『丁度、話があるから』とあっさり了承を得た。
その話の内容は恐らく子供が出来た、とかいう話だろう。
千帆が卒業する頃を狙って避妊もせずに彼女を抱いたのだから。
その時は確信なんて無かったけれど、今思えば千帆ちゃんが決して離れられなくなるようなナニかが欲しかったのだろう。
そんな単純な考えで子供を作るなんて馬鹿みたいだけれど、俺みたいなのに捕まっちゃったからしょうがないと諦めてもらおうか。
(別れたい。なんて言うのかな)
言うだろうな。
何せ俺はまだ高校生だし、千帆は卒業したばかり。
真面目な千帆は俺の為とか言って離れることを考えるだろう。
もちろん堕ろすなんて考えは無いだろう。
だけどねぇ。俺が離すわけないでしょ?
千帆は死ぬまで俺の側に居るんだからさ。
「……お前の今の顔、まんま悪人だべ」
「ふふ、何とでも言っていいよ?今は気分が良いから」
「血も涙もない悪魔とか呼ばれてるヤツに捕まった先輩、カワイソー」
無感情にそんなことをほざいたダチにけれど本当に気分が良かったから聞き流してやった。
千帆が可哀想?
そんなの関係ないよ。
千帆は俺の側に居ることが当たり前なんだから。
『手離す日?そんなの死んでもあり得ない』
「心結は可愛いなぁ」
「ぱぁぱ、しゅきー」
「パパも心結が大好きだよぉ」
きゃー!と喜ぶ心結にデレデレと頬を緩める。
千帆が産んだ俺と千帆の愛娘。
餓鬼なんて大嫌いだったし、正直育っていく腹の中の餓鬼に千帆が愛情を向けることに嫉妬だってした。
だけど実際生まれてみれば、それはそれは可愛くて。
昔の俺を知る人間が今の俺を知ったら確実に引くだろうな、とは思う。
「……んでね、サカモトせんせぇとね」
心結の口から出たサカモト先生とは、心結が春から通っている幼稚園の担任だ。
まだ会ったことはないけど、心結は大層気に入っているようで風呂に一緒に入るときは必ずといっていいほどその名前が出てくる。
だから何の気なしに聞いたんだ。
「ねぇ、心結。そのサカモト先生ってどんな人?」
「んーとねぇ、ぱぁぱみたいにカッコイイのぉ」
「……あ?」
突然低い声を出したから驚いたのか心結が「ぱぁぱ?」と首を傾げていた。
普段なら可愛い可愛いと連呼しながらもちもちとした柔らかい肌に頬擦りをするけれど、今は正直それどころじゃない。
心結の口から出た言葉は、千帆から聞いたことがない情報で。
「こころぉ?パパにもっとサカモト先生のこと、教えてくれない?」
俺の言葉に使命感でも燃えたのか色々なことを話してくれる心結にうんうんと笑顔で頷いて、その内容に胃が煮えるような苛立ちを隠しながら、そろそろ逆上せてしまう頃合いを見計らって心結を風呂から出してあげた。
腰にタオルを巻き付けたあと、心結の身体を拭いてあげながら俺は心結に聞かれないようぽつりと呟いた。
「ああ、オシオキしなくちゃねぇ?」
end...?