彼と出会ったのはつい数ヶ月前。
精神科医である私の元に、彼は刑の確定した受刑者としてやって来た。
彼の顔と名前、そして罪名は随分前から聞かずとも知っている。
彼は世間を多大に賑わせていたからだ。
恐らくこの狭い日本で彼の事を知らない者はいないだろうし、彼が行った悼ましい犯行に皆一様に眉を寄せただろう。
それだけの凶行を、彼は行ったのだから。



「初めまして」

「初めまして。アナタが僕の担当医さんですか?」

「ええ、そうですよ。担当医の」

「名前とか、良いです。どうせ覚える気ないですし」



彼はしっかりと私の目を見て話す。
けれどその目は私を見ては居なかった。
成る程。覚える気が無いというよりかはむしろ、覚えられないと言った方が正しいのか。
そう思ってしまうくらいに彼は私を視認していないのだ。


居るけれど、居ない。


きっと彼自身もそれが分かっているからこその言葉なのだと思い、話を切り出す事にした。



「……そうですか。では話をしましょう。先ずは、――何故君はあのような犯行を行ったのですか?」

「お腹が空いたから」

「……お腹が空いたら、君は犯罪を犯すのですか?」

「そこなんですよねぇ。いつも話が食い違うのって」

「と、いうと?」

「先生は、豚や牛を食べる時に命を奪っているという意識を持ちながら食べますか?殺された屍肉を食べているのだと思いながら肉を食べますか?」

「……思わないですね」



そんな事を思っていたら食事なんて出来なくなるだろう。



「僕も先生と同じです。他の人間が豚や牛を食べる感覚で、僕も食べているだけですから」

「……アナタが食べていたのは、人間ですよ?」

「はい。僕の主食は人肉ですから」



それが当然だという顔をして言う彼に軽く目眩を覚えた。
こんな異常な言動を取っている時点で、彼の精神が正常であるとはとても思えない。
だからこそ、私の元にやって来たのだが。




その日のカウンセリングはそれで終わった。

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