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▽ 付かず離れず


彼はいつだって気が付いた時には側に居てくれる。
恥ずかしがりやなのか私に見つからないように、いつだってその大きな身体を縮めては、帰り道を歩く私を付かず離れずの位置から見守ってくれるし、私が酷く落ち込んだ時は電話を掛けてくれたり、朝にコッソリと手紙をくれたりしてくれる。
まあ、電話が掛かって来ても彼は一言も声を発さずに、私が話す愚痴や不安を静かに聞いてくれるだけなのはちょっと不満だけれど。
やっぱりたまにはお話したいなと思ってしまうから。
けれど彼に話すだけでスッキリするのか、人間関係の摩擦やちょっとした不安なんてものが吹っ飛んでしまうから文句も言えない。


さあ、今日も頑張るぞ!
と、自分に活を入れ、郵便受けに入った分厚い手紙を手に取った。
これでまた今日も頑張れそうだ。




「いやいやいや!どこをどうしたらそんなにポジティブに捉えられんの!?付かず離れずの場所にいつも居るって何それコワッ!手紙くれるってまんまアンタの行動履歴だし電話はただの無言電話でしょうが!」

「でも凄い癒されるよ?愚痴も嫌がらずに聞いてくれるしこんなに私の事を見ていてくれる人が居ると思うと明日も頑張ろうって思うもん」

「思わない。普通はそうは思わない」

「そうかなぁ?」

「そうよ。ってかアンタはもうちょっと危機感を持ちなさいよ。今時何されるのか分からないんだから」

「んー、でも私、彼になら何されても良いなぁって思ってるんだよね」

「ハァ?あんなただのストーカーに?アンタ何ほだされてんのよ!アイツはただの犯罪者よ!?」

「うん。でも私が嫌がる事はしないし」

「世間一般的には女の子が全力で嫌がる事をされてるんですけども!」

「ふふ、私は嫌じゃないからいいの」


にへらぁ、なんてだらしなく笑って見せれば頭を小突かれた。
本気で言ってるのに酷いなぁ。


「とにかく。アンタはこれから真っ直ぐ被害届を出しに行きなさい!動いてはくれないだろうけどパトロールくらいはしてくれるでしょ」

「被害なんて受けてないよ?むしろ良くして貰ってるばかりで申し訳ないくらい。ねえ?何か良いお返しがないかなぁ?」

「……っアンタはほんっとにもう!!私がストーカーの好みなんか知るかぁ!!」

「もう。ストーカーストーカーって、仮にも自分のお兄さんに対して酷いと思うなぁ」

「……は?」

「本当にお兄さんの好きなものとか知らないの?」

「え、いや、兄貴の好きなものは甘いもの全般だけど、いやちょっと待って。今聞いちゃいけない真実を聞いてしまった気がするんだけど?幻聴だよね?ただの空耳だよね?」

「そっかぁ。甘いものが好きなんだぁ。じゃあ今度玄関に置いておこうかなぁ…。あ、唯ちゃんが渡しておいてくれるのもアリなのか」

「はい!決定したように言わない!あのストーカーが私の兄貴なわけないでしょーが。あの図体がデカイだけの気弱な兄貴がストーカーなんて出来るわけないってば」

「でも間違いなく唯ちゃんのお兄ちゃんだと思うよ?何度もお会いしてるから見間違える筈ないし」

「絶対ない!それだけはない!身内から犯罪者を出したくない!」

「大丈夫だよ?私はこのまま彼に癒して貰えればそれでいいから、大事になんてするつもりもないし」

「……いや、いやでも、心配なのよ」

「うん。知ってるよ」


ちゃんと分かってるよ。
でもだからと言って私も譲る気はないから唯ちゃんの優しさには頷けないの。ごめんなさい。

そう言えば唯ちゃんは、はあ、と溜め息を吐き出した。


「……アンタってホント頑固よねぇ」

「うん。自分でもビックリ」


だけどここで引きたくないの。
ここで出来た縁を切りたくないの。
唯ちゃんは私の言葉を聞いて、ポツリと呟いくように言った。


「……もしもさ、兄貴に何かされたら深夜でも朝方でも構わず私を呼びなさいね?全力で兄貴を男として生きられない身体にするから」

「そんな事にはならないと思うけど、心配してくれてありがとう唯ちゃん」


唯ちゃんの言葉が嬉しくて、えへへ、と頬をだらしなく緩める。
けれど、あ、と思い出したように声を上げた。


「あ、ねえ、唯ちゃん。お兄さんって今週末はお暇かなぁ?」

「は?なんで、そんなこと聞くのよ」

「ふふ。いつも来て貰ってばっかだし、私からデートにお誘いしようかなぁって」

「……アンタって子は……ほんっと」

「うん?」


その呟きにうん?と首を傾げれば、プルプルと身体を震わせていた唯ちゃんは、まるで爆発するかのように怒鳴り声を響かせた。



「ストーカーするような男とデートなんて何考えてんの!このアホタレがぁ!」



end...

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