▽ キャパオーバー
わたくし花の女子高生。名前は田中(仮)とかでいいです。そこら辺の外壁とどうか同化させて下さい。……狙ってませんよ?本当ですってば。なんですかその疑わしい眼は。
まあいいです。話が進まないので。
いや、ホントは進めたくないんですけど、現在の状況的に進めさせて下さい。
現在わたくし、簡単に申し上げますと泣きそうであります。
まあ、と言っても泣けないんですけどね。
驚きすぎて、というかドン引きしすぎて。でも泣きそうであります。
原因といえば、目の前の男性と申しますか、クソ野郎と申しますか、おっとついうっかり本音が。まあ、その人でして。
その人はなんというか、ただの赤の他人的な方なんですが
「赤の他人って、僕ら従兄弟だからね?」
外野の声が入りましたね。
従兄弟関係。
いやいや赤の他人だと言ってるじゃないですか。
まあ確かに、あなたは母の弟の息子ですけど、私からは限りなく遠いです。
私の認識する血縁関係は両親・祖父母に可愛い妹と猫のジョセフィーヌだけですから。
従兄弟なんて遠い遠い。
「でもこの前ウチの母さんとお茶してたよね?」
「訂正。叔母さん叔父さんも身内です」
「あはは。じゃあそこに僕も追加しておいてね?というよりも、もしかして僕凄い意識されてる。それは嬉しいなぁ」
「何故そこまで楽天的になれるか分かりませんね。あなたの思考回路は全くもって理解不能です」
「大丈夫。君のことしか考えてないから」
「なんと迷惑な」
わたくし平然とこんな会話をしておりますが、涙が滲んで参りました。
話が通じないとか、本音が通じないとか、そんな事ではありません。
「本当だよ。この部屋見てもそんな事思うの?悲しいなぁ」
……いえ、そこは疑いようもありませんし、というか知りたくなかったですけども。
壁一面に貼られたどこで撮られたかも分からないわたくしの写真や、無くしたと思っていた衣類品(主に下着ですかね)、小物類の数々。
本棚にナンバリングされたアルバムが視界に入りましたが、もしかしなくても私の年齢別でしょうかね?いや本当に知りたくなかった。
こんなん見たら普通の女子高生だったら号泣もんですよ。
かくいうわたくしも泣きそうですもん。先程も言った通り、ドン引きしすぎて涙が滲む程度ですがこれ以上何か衝撃を与えられたら泣きそうです。
でもなんとなくこの人の前で泣いたらいけないような気がするんですよね。なんででしょうね?これが世に聞く第六感というヤツでしょうか。
「ねえ、一葉ちゃん?」
「わたくしはひとはちゃんなんて名前じゃありません。田中(仮)という立派な名前があります。なのでひとはちゃんとは別人というわけですね」
「うん一葉ちゃん」
「ですから、」
「この部屋を見られたからには、僕もう我慢する気がないよ?」
何をでしょう?
そう反射的に問わなかったわたくしの判断を褒める前に、与えられました。
何をって、
衝撃を。
「僕ずっと一葉ちゃんが好きだったんだよね。でも流石に従兄弟に恋愛感情なんてどうかなって思ってたから見てるだけにしてたんだ。それでもほら?僕だって健全な青少年だったからそれだけじゃ足りなくて一葉ちゃんの後をコッソリ付けたり、一葉ちゃんの事を好きだって馬鹿なことを言ってた羽虫とお話し合いをしたり、おばさんに頼んで一葉ちゃんの写真を送って貰ったりしてたんだ。
ああ、一葉ちゃんと2人きりになりたいから頑張って勉強したなぁ。念願叶って家庭教師になれて嬉しかったよ。まあ、一葉ちゃんと2人っきりとか理性総動員しても危なかったけど。一葉ちゃん良い匂い過ぎるんだもん。あ、もしかして誘ってたのかな?いけない子だね。でも言ってくれればいくらでも相手したのに。僕以外に誘ったりしてないよね?そんな事してたら相手をヤっちゃうかも知れないから僕だけにしてね?」
さも当然のことのように言っているが、内容が酷い。酷すぎる。今直ぐにでも記憶喪失になってしまいたいぐらいには酷すぎる。
ああ、頑張れ涙腺。泣いたら終わりです。主に貞操的な意味で。
「――だけど一葉ちゃんに見られちゃったから、もう、いいよね?」
ああ、お願いですからもう黙って下さい。
これ以上はキャパオーバーです。
「……何をでしょう」
そう思っていたのに、どうして今度は問い返してしまったのか。
「こっそり一葉ちゃんを見守るんじゃなくて、ちゃんと僕のモノにしてもいいよねって」
そう言ったんだよ。
にこりとまるで物語の中の王子様のような顔に微笑みを浮かべながらそう言ったその人。
その姿を最後に、わたくしの世界は暗転した。
――ああ、キャパオーバーです。
end...
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