▼ モミジの序章
今までのお話は序章に過ぎない。
愛した者との縁は紡がれず、『運命』とやらに踊らされた『愛』とやらを抱いた好きでもない人間に愛されるだけの日々。
それはある意味、幸せだったのかもしれない。
けれど「あたし」はそれは不幸と思うのだ。
「母様たち、良く燃えてるね」
「そうね」
双子の兄が声を発する。
あたし達の目の前は真っ赤な炎。
『俺とアイツが共に在れる世界に行ったら、俺達のことを燃やしてくれ。離れないように。永遠に一緒に居られるように』
それが久し振りに顔を見た父の遺言で、母の意思はそこにはまったくなかったのだろう。
けれど命を奪われることを受け入れたと言うことは、きっと母は絆されたのだろう。
この『呪われた運命』に。
あたしは運命なんて信じない。
運命にまだ出逢っていないからこそかも知れないけれども。
だからこそあたしはみすみす殺されてたまるかと思うのだ。
「モミジ」
兄があたしの頭をそっと撫でた。
炎に透ける銀の髪。紫水晶のような瞳。白い肌。
それらはすべてこの家。
『アーウィンク家』の『当主』の座を表している。
あたしが母から受け継いだモノだ。
「なぁに?カエデ」
「泣いてる」
「……泣いてないわよ」
「意地っ張り」
「カエデだって泣いてるくせに」
「うん。悲しいからね」
「……あたしも、カエデみたいに素直だったら良かったのかしら」
「モミジはそのままが素敵だと思うよ」
カエデのその言葉に、苦笑いを返す。
カエデは少々、あたしに甘い節があるから。
こんな可愛げのない女の何処が素敵だと言うのだろうか。
「悲嘆に暮れているばかりではいられないわね」
「そうだね。モミジは今日からアーウィンク家の当主だし、僕ともあまり会えなくなっちゃうのかな」
「どうしてそうなるのよ。もちろん。手伝って貰うからね」
「ふふ。モミジならそう言うと思ってたよ」
微かに笑ったカエデはあたしの頭をもう一度撫でると、前を向く。
その顔が、瞳が、耳が、母様たちを映すことはない。
あたしは目を瞑り、そうして深呼吸をするとカエデと同じように前を見据えた。
眼前には燃えカスになってしまったあたし達を生んだ人達。
そこにはもう、何の感情もなかった。
――これはあたしが『運命』を変えようともがいた物語の序章に過ぎない。
けれどその『運命』を受け入れた時、あたしは一体、どんな顔をしているのだろう。
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