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▽ 流れ落ちる涙にすら溶けて


「どうして…」



戸惑ったような貴方の声が背後から聞こえて首を捻って貴方を見る。
貴方の顔はとても苦しそうに歪んでいて、私は駆け寄りたいのを抑える。



「どうして城を出た?あの女が私を助けた姫だと言ったからか?」



貴方を助けたと名乗りを挙げた隣国の姫君。
けれどその前に貴方が私の事を『自分を助けた姫』だと公言して下さったから、対した騒ぎにはならなかった。
…ならなかったけれど。

思い出したんです。
私がどう頑張っても人間の貴方には似合わないって。



「お前も分かっているだろう。私はお前だけを愛しているんだと」



はい。はい。
貴方が毎日のように言って下さるから。
貴方の想いは疑いようもないくらい。痛いほど感じているんです。

けれど所詮、私は海に生きるもの。
貴方と同じ姿になりたくて、貴方に一目だけでも会いたくて。
私はソレを禁忌と知りながら声と引き換え足を手に入れ、貴方に会いに来たんです。

例え満月の晩までの儚い逢瀬と知りながら。
泡となり海へ還ると言われても。

本当にただただ、会いたかったんです。

たとえ誰に馬鹿にされても、貴方に一目会えたのなら泡になっても良いとすら思うほど。

たった一度出会った貴方に、私は惹かれてしまったのです。

けれど貴方は気付いてくれた。
そうして愛してくれたから。
きっと欲が出てしまったの。



「何か…何でも良い。お前が私の元に居てくれるなら何だってする!だから、行くな」



貴方の声はとても悲しみに満ちていて。情けなく下がった眉に泣きそうになってしまう。
けれど、と思う。

名乗りを挙げた隣国のお姫様はこの国と同盟を組んでいて。
無下に帰すわけにはと、しばらくの間滞在する事になった。

そうして貴方のお父上が望んだのは、そのお姫様と貴方の婚姻。
例え貴方が拒否をしても、きっとそれは覆されたりはしないのでしょう。
そして何より、並び合ったその姿はとてもお似合いで、



“私はもう、貴方の側には居られません”



声を対価にしてしまったから、貴方にこの言葉は届かない。
けれどそれで良かった。

貴方の側に立てるお姫様に抱いてしまった嫉妬。
それを貴方に知られずに済んだから。
貴方が美しいと、好きだと言ってくれた私のままで居られた。



「行くなっ!?」



タッとまだ歩きにくい二本の足でよろけながら走り、着いた先は海を見下ろす事が出来る崖の上。
頭上には黄金に輝く満月。
追い掛けてきた貴方は簡単に私の腕を捕えてしまったけれど、



「な…に、?」



驚愕の視線と交ざり合い、口角を上げる。

貴方と私が想い合ったって。
私が足を手に入れたって。
私は人魚で、人間には決してなれない。
人魚の私に、貴方と結ばれる未来はきっと永遠に来ない。

それでも笑顔を覚えていて欲しいから。
ちゃんと笑えているかは分からないけれど。
最後まで、笑っていたい。







泡となっていく愛しい人魚の身体。
掴んだ筈の腕には最早柔らかな感触はない。
確かなのは彼女の変わらぬ儚く美しい微笑みだけ。


いとおしくて堪らない私の人魚姫。
どうしてお前は泡になっている?


船から投げ出された私を救ってくれたのは海に住む美しい人魚だった。
その人魚がたった一瞬見せた儚い微笑みが酷く印象的で忘れられずに、彼女を見た海の岩場に幾日も足を運んで。
ある日現れた人間の女が、あの時の人魚だと気付いた時。

私は二度と彼女を手放さないように妻にしようと決めたんだ。


全ては上手くいっていた。
父上だって美しい人魚を歓迎してくれていたんだ。
なのに隣国との繋がりを更に強固にしたかった父上の元に愚かな女が現れたせいで、父上はその姫と私を婚約させてしまった。

どこでそれを知ったのか、彼女はいつもの笑みに諦めの色を滲ませて。
そうして私の元に訪れてから初めて私から距離を置いたのだ。



海を照らす満月の晩。
泡となりゆくのは愛しい人魚。
行かないでくれ!
そう叫んでも、風は無情に人魚を拐う。
これ以上飛んで行ってしまわない様、手のひらに残った僅かな泡を抱き締めた。



end...

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