▽ 何をされてもきっと
恋人が浮気した。
だけど特に何かを思うことはない。
だってそもそも私は彼が好きではないのだから。
彼が私に告白してきて。その時の顔が可哀想なくらい真っ赤で。それがあまりにも可愛くて。
所謂美形、なんて言われてる彼と付き合ってしまった。
それから、空き教室で彼と一緒にお昼を食べて。
無言の中、手を繋いで。
触れ合うだけのキスをして。
だけどいつの間にか彼は違う女子と居るようになって。
それを見ても何も言わない私に彼が怒って。
そんな彼に私は困ってしまった。
困ってしまったけど。
別に私は別れるとか考えなかったんだよね。
だって始まりは彼からだった。だから終わりも勿論彼からの方が良いのだろうと思って。
そうやってずっと、今では手すら繋がなくなってしまった形ばかりの恋人でいたんだ。
学校を休んだ彼のお見舞いを担任に言い付けられて一人暮らしの彼の家に行った。
すると甲高い声を上げる見知らぬ女と彼の声が聞こえてきて。
またか。くらいの気持ちで気を使ってリビングでソファーに座ってテレビを見ていたんだ。
どれくらい経ったかな。
寝室から出てきた彼と目が合った。
息を詰めた彼は真っ直ぐ近寄ってきて、座っている私と目線を合わせるように床に膝を付ける。
「あい?なんで家に……いや、それよりどうして泣いてるの?」
混乱しているのか所無さげに視線をさ迷わせる彼。
彼のその言葉で自分が泣いていることにようやく気付いた。
同時に自分の中にある気持ちにすら、気付いてしまった。
ああ。なんだ。
私は悲しかったのか。
浮気されて苦しかったのか。
なんだ。
「貴方を好きになってしまったから、私と別れて」
好きだと気付いたら、気付いてしまったら。
私は貴方の側に居る他の女の子に嫉妬しちゃう。
浮気をするだろう貴方を憎んでしまうかも知れない。
そんな醜い感情は持ちたくない。
だから。貴方を好きなうちに別れて…?
ちゃんと言葉に出来ているか、伝わっているか。
泣いているのを自覚した瞬間から涙が止まらなくなってしまってそれすら分からないけど。
それでも、私はこんな最後を迎えたかったわけじゃなかった。
多分私は彼と別れたくなかったんだ。
だから何をされても別れだけは彼からだと決めていた。
始まりが彼だから。
終わりも彼だと。
彼の口から別れを言われるまでは私は彼女なのだと。
今だって、切り出したのは私のクセに貴方の言葉が怖くて両手で顔を覆って下を向く。
「傷付けてごめん。泣かせてごめん。でも、亜依が好きだから別れたくない」
「……ん、で」
「愛してるんだ。ごめんな。亜依を試してた。嫉妬して欲しかった。最低なことしてるのは分かってた。それでも確かめたかったんだ」
気に掛けて欲しかった。
好きになって欲しかった。
同じだけ、亜依から愛が欲しかった。
そう顔を覆う腕を掴んで目を見て言う。
「亜依が俺を好きだと言ってくれたから。もう二度と他の女なんて見ないから。別れるなんて言わないでくれ」
そうして泣きそうな貴方は必死に頭を下げて。
そんな貴方に泣きながら抱き付いた。
スッポリと私の身体を覆うように伝わる熱。
浮気されても。
何をされても。
ずっと彼が好きだと分かってしまった。
私はきっと、貴方から離れられない。
end...
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