▽ ただ想わせて
「今年も来たよ」
じゃり、と石が擦り合う音を立てながら“彼女”の目の前に立つ。
彼女からの返事は、ない。
「…今年も来たこと、お前は怒ってるんだろうな」
申し訳程度に付いている街灯でかろうじて灰色と分かる石をそっと撫で上げる。
いつも体温が低かった彼女は、今ですら冷たさしかくれない。
「『幸せになって忘れろ』…なんて、俺には無理だ」
お前でなければ、俺は幸せになんかなれっこないんだ。
「俺はまだ、お前が好きだよ。だからお前を忘れることが、俺にとっての不幸なんだ」
もうお前の顔も朧気で。
部屋に飾ってある写真を見て、なんとか記憶を繋いでる。
お前の匂いも、仕草も、声も。
全部全部、霞んでいってしまう。
生きているから。
だけどそれが辛い。
お前を忘れて生き続けて、他の誰かを思うことが俺にはまだ出来ない。
俺にとって、まだ過去じゃないから。
だから。
「また、来るよ」
お前を忘れて、他の誰かを好きになるとき。
俺はお前の願いを叶えたことになるのだろうか?
いや、そうなったとしても。
今はまだお前を忘れることが出来ないから。
『ただ想わせて』
end...
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