∵アウトサイダー

確かに整った顔立ちをしていた。
それどころか、成績は常に学年トップを争うほどであったし、スポーツをやらせれば負け知らずで、詳しくは知らないけれど父親は大層な資産家だという。
つまり、彼は絵に描いたような完璧な人間だった。

同じ年に同じ地域で産声を上げ、こうして同じ学舎で一日の大半を共有しているというのに、なぜこうも大きな差が出来上がるのかと考えているとなんだかそこに人類の不思議というものが見えてくる気がした。

彼を見ているとむくむくと生まれては増殖していく劣等感に身体中が蝕まれていく。

なんてちっぽけな生命としてこの世に生まれてきたのだろうと、自分自身はおろか、両親やそのまた両親、更には己と同じく平凡だったに違いない祖先までもが憎くて仕方がなくなるのだ。

果たしてそれが理由となったのかどうか、とにかくあの男、うちはサスケは平たく言えば無性にいけ好かない野郎だったのだ。



ある放課後のことである。

季節はとうに冬を迎え、吐く息は瞬間白く舞い上がり、手足の指は悴んで言うことを聞かない。
今年一番の寒さでしょう、と言っていたサンタクロースの如く太ったアナウンサーを思い出していた。


「おい、転ぶなよ」

背後から聞こえてきた声にほとんど条件反射で振り返ると、紺色のコートに首をすぼめて歩くうちはサスケの姿があった。
そこからいくらか進んだところに、地毛なのか染め上げたのかはっきりしないが桃のような髪色の女が佇んでいる。
見覚えがあるのは恐らく彼女がうちはサスケを取り囲む頭の悪い女共の一人だからだろう。
春田だったか春野だったか、定期試験で学年一位のポジションを常に陣取っていたはずだが、あんな男に現を抜かしているのだから勉強以外の分野は恐ろしく程度の低い人間に違いない。

大人しそうな素振りでいて、あのうちはサスケと帰路を共にするというのだからその実強かな面をも発揮させているのだろうと思う。

悪いことをしているわけではないとわかっていても、彼らの視界に映りこむことを避けて下駄箱の陰に身を潜ませてしまう自分に、またも小さな劣等感が生まれる。

「雪が降っちゃうかもよ、この寒さ!」
「阿呆か、そこまで寒くねーよ」

阿呆はお前たちだ、と叫ぶことが出来たらどんなにか気持ちいいだろう。
この曇天、吹きすさぶ北風のもとで何を舞い上がっているのか。


否、浮ついた気分でいるのは女生徒の方だけなのかもしれない。
校内中の女生徒たちを夢中にさせるような男が、あのようなどこにでも居そうな人間に独占されるはすがないのだ。
憐れだな、と思うと彼女も自分と同じ側の人間のような気がして、早く目を覚ませと届きもしないテレパシーを送っていた。
この分厚い下駄箱を通過して、敬虔な祈りにも近い己の言葉が届く日がいつか来ればいいのにと。


「あ、サスケ君、この前の彼女素敵だったね」

「覚えてない」

「それって最低よ、女の子がどれだけの勇気で、」

「もう聞き飽きた、その説教は」

説教じゃなくてアドバイス!、と両腕を腰に当て肩を怒らせる彼女に、無表情で相槌を打つ姿は学生らしからぬ佇まいでやはり気に食わない。

「サスケ君たら理想が高すぎるんじゃない?一体どんな子がサスケ君を独り占め出来るのか気になって、英単語が覚えられないわ」

「最後のは関係ないだろ」

「そんなことない。で?どういう子が好みなの?」

「……そんなもんない」

暫くうちはサスケの表情を睨むように見上げていたが、どうあっても白状しないと諦めたのか女生徒はくるりと前方へ向き直って、小柄な体格に似あわない大股でずんずんと正門へと進んでいく。

その時、ペースを合わせることもなくゆったりとした速度で歩を進めていたうちはサスケが、誰にも聞こえないような小さな声で呟いた一言を偶々耳にしてしまった自分は、やはり全人類の貧乏くじを代わりに引いて歩いているに違いない。



前言撤回だ。
完璧な人間などこの世にはいない。
確かに整った顔立ちではあるし、頭脳明晰でスポーツ万能、ゆくゆくは資産家の父の跡を継ぐであろう将来性もあるというのに、なんという腰抜け野郎だ。



伝えるべき相手のいない密やかな告白は、分厚い下駄箱を通過してまるで反対方向のこちら側に深く根付いていた。


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