∵胸は焦がせど
とても綺麗な方ですね、と呼吸のついでのように声を発していた。 少しだけ驚いたような顔つきで、今日初めて出会い、そしてもう二度と会うこともないだろうその人は、柔らかくはにかんでいる。 自分の妻相手にお恥ずかしい話ですが、今日はなんだか直視出来ずにいるんですよ、とこめかみを掻きながら話す姿に、遠くで祝福を受ける花嫁の輝かしい未来を垣間見た気がした。 目が眩むというのを初めて体験しましたが、中々に心地良いものですね、と軽やかな足取りで駆けて行く。
同調の意をその背に向かって呟いたけれど、恐らく届いてはいないだろう。
目が眩むほど美しい人を事実知っていて、直視出来ない高揚感も、それこそ何度も体験している。
前触れもなしに吹いた秋の風が、白衣の裾を翻した。 同じ色でも随分と異なるものだと、色気のなさに笑いが込み上げてくる。
「サクラ」
不意に呼ばれた名に振り返ると、糊の効いた真白なシャツが視界を支配した。 真上から降り注ぐ太陽の光を吸い込んで、溜めて、放出する。 着衣物にそんな機能を与えることが出来るのは、世界中探してもこの人唯一人に違いない。
「ちょうど今、サスケ君のことを考えてたの」
「今?」
「ううん、違った。いつもだけど、今日はサスケ君と白いシャツについて」
くだらないとでも言いたげに遠く飛ばした視線の先に、彼も祝福の嵐を見ていた。 白に身を包み、似たような色のライスシャワーを浴びる二人の男女。 幸福の色の意味を、漸く知った。 対極的に黒いものばかり身に付けていたこの人が、今こうして鮮やかなほどの白を好んで着ている。 そのことが、順風満帆とは言えずとも穏やかな時の流れを伝えていた。
「でもあれは似合わなそうね」
足の先まですべてを白に支配され、居心地悪く眉を顰める姿を、彼自身も想像したのだろうか。 やめておく、と言ったきり、風の吹くままにシャツを揺らしていた。
いつかこの人にも、罪ばかり背負ったその体に有り余る程の祝福を受ける日が来る。 隣で微笑むのが同じように目が眩む程美しい人なら良いのに、という自分勝手な願望は心の中に静かに仕舞った。
「お前も、その方が良さそうだな」
ドレスよりも白衣が似合うと言いたいらしい彼の目は至って真剣だ。 不器用なのは百も承知で、褒めるのが苦手なことも遠い昔からわかっていた。 それを踏まえても、だ。
「それ、私以外には言わない方がいいよ」
世界広しと言えども、その台詞に胸をときめかすことが出来るのは自分だけのような気がしている。彼に対する絶対的な肯定の姿勢が、そうさせるのだ。 色気のなさを鼻で笑った白衣が、途端に愛しく思えてくるのに、不思議な心地がした。
「言わない、お前にしか」
これまでの流れをすべて忘れて、この台詞だけを聞きたかったと叶わぬ思いに身を馳せる。 もう本当に、途方に暮れるほど彼を好きだと思った。
(20111006)
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