∵愛しのファンタジスタ

三月とはいえ、底冷えのする寒さだった。
カレンダーをあと一枚めくる頃には、名前と同じ花が咲くはずだが、それを拒むかのように冷たい風が小枝を揺らしている。



「サクラ?」

「あ、サスケ君」



がらがらと音をたてて引戸をすり抜ける、しなやかな身体を振り返った。
やっぱりお前か、と当たり前のように私の前に腰掛ける。



「色が違ったからわからなかった、一瞬」



何のことかと首を傾げると、それ、とセーターを示す長い指がこちらを向いていた。



「いつもグレーだろ」



朝一番の反則技が、反則技らしからぬ直球さで打ち出された。
脳内に作り上げた真緑のフィールド上で、自分と同じ顔をした審判がイエローカードを掲げている。

興味ない、面倒臭い、勝手にしろ、の連続コンボを得意とするサスケ君がまさか、と耳を疑いたくなった。



「今日はちょっと洗濯中で!」



黒いセーターの袖口を指先まで伸ばしながら、咄嗟に吐いた嘘を見透かされはしないかと焦る。
本当は同じ色に包まれたくて、もうずっと前からクローゼットにしまい込んでいた。
袖を通す機会を見失って、ようやく今日着ることが出来た、などというつまらない話には、何が何でも気付かれたくない。



「似合わないかな」

「何が」

「この色が」



たかがセーターだろ、と頬杖をつく。
そのたかがセーターにあなたが気付いてしまうから、私にとってはされどセーターになってしまったというのに、相変わらず勝手な人だと溜息を吐いた。
その溜息を全て攫っていくように、サスケ君は口を開いた。



「いいと思う」

「何が?」

「その色が」



口元を微妙に緩めてこちらを見る姿に、二枚目のイエローカードを突き付ける。
あと一枚であなたは退場よ、と心の中で警告していた。
どうやって退場させるのかだなんてことはわからないし、むしろカードの数が増える度、彼の存在は私のフィールドに頑丈な根を張っていく。

その根が今、信じられない早さで成長を遂げた気がした。
脳から胸へ、胸から指先へ、するすると私の中で根を張り巡らせていく。



「…あの、サスケ君」


「何だ?」



「洗濯中というのは実は嘘で、」

「サスケ君と同じ色を着たくて買ったけど、こっそり真似するつもりだったけど、」

「私、この色を着ててもいいかな」



きつく握りしめたスカートはプリーツが幾つもの皺を作り、歪んでいる。
何も言わずに偶々お揃いになってしまった風を装って、これも愛の力かしらなんて冗談を言ってみるつもりだった計画が、砂のように流れ消えた。

冗談に出来ないくらいの思いになってしまったのだと、そこで初めて気が付いた自分を馬鹿だと思う。



「たかがセーターだろ」



どしゃ降りの後悔に打ちひしがれる私を他所に、サスケ君は本日二度目の台詞を口にした。
一度目の時とは打って変わって、耳まで赤く染めながら窓を見る横顔に、三枚目のイエローカードを力なく振り上げて、私はようやく窒息死寸前のスカートを解放していた。


(20110816)