∵哀しみを理解したふりくらいはしたい

「どうしたの」

「なんでもない」


青すぎる空を見上げる目が、涙で滲んでいく様子には気付かないふりをした。


物事は意外にもうまくいかないことが多い、と彼は珍しく愚痴を吐く。



「俺はね、サクラちゃん」


視線だけ送って返事の変わりにすると、彼は納得したのかゆっくりと話を続けた。
昔に比べて少し低くなった声に、ある種の心地よさを感じる。


「欲しいものが多すぎて、どうしていいかわからない」


欲張りなのかな、と下を向く姿はとても儚く見えて怖かった。
消えてしまうと思うほどにその輪郭が曖昧になった気がして、咄嗟に掌に触れる。
物事がうまくいかないことよりも意外な程冷たいその温度でも、存在の確かさを感じて安堵した。


「あのね、サクラちゃん、」


もう何度目になるかわからないその口調に、私は小さく返事をする。


「俺はサクラちゃんのことが好きだよ」


「知ってる」


素っ気ない台詞を返す私に、曖昧に頷いてから芝生に体を放り投げた。
頭上に広がる空を見上げて、彼はそのまま沈黙を続ける。
静かすぎる空気に居心地が悪くなって、堪らず私は問いかけていた。



「どうしたの?」



そして彼は笑うことに失敗したような目で言うのだ。
なんでもない、と胸の裡で泣きながら。


(20110929加筆修正)