この頃は、三日月のような唇が人工的な赤みを帯びていることにも、すっかり慣れてきた。
ただ当たり前になった所為なのかもしれないし、彼女自身がその色に相応しい女性として成熟したのかもしれない。

こくりこくりと喉元が静かに上下する度に、唇からグラスへと色が吸い込まれていく。
親指の腹でグラスに付いた赤を拭う仕草が、少女だった頃の彼女を遠いものに見せた。


「日毎に綱手様に似てくるね、お前は」
「褒めてるんですよね?それって」
「そうじゃないと思ったなら、それはサクラ自身の問題だね」


頬を膨らませたり口を尖らせたりはせず、僅かに伏せた目で此方を見てくることからも、元教え子とはいえ少女と呼べる時期はとうに過ぎていることが伺えた。
大人になったなぁなどと感慨深く思ってしまうあたり、存外自分は教師という仕事に向いているのかもしれなかった。

「幾つになったんだっけ?」
「にじゅうさん、大人でしょう?」
「成る程、俺も老けるわけだ」

だからね先生、と唇を薄く開いてサクラは懇願するようにこちらを見上げていた。
色褪せない口許の赤みが、残された未来を模しているようで、人生の殆どを消化してしまった自分には酷く眩く映る。

「もう、好きって言っても良いよね?」
「うん、そうだね…や、え?何が?」

「だから、先生のこと。好きなの」
「…どうして」
「どうしてって、こんなことに理由が必要?」
「いや、違うそうじゃなくて。お前はまだ若いし、綺麗だし、わざわざこんなおじさんを選ばなくてもさ、」


「若くて綺麗なら良いじゃない。先生の優秀な遺伝子は、わたしが遺してあげる」
「あ、そう…そうか、うん。宜しく頼むよ」

なんてねぇ?と渇いた笑みを浮かべても、サクラはじっとこちらをみつめるだけだった。
もう十年近くも昔に、同じ顔を見たことを思い出す。あの時彼女の心を占めていたのは間違いなくサスケだった。子どものままごとだと思っていたのに、やけに大人びた顔をしていたものだから言葉に詰まって笑って誤魔化したのだ。
なんだ、今と何ら変わらぬ状況じゃないかと過ぎた歳月に比例しなかった自分の姿に呆れてしまう。

「先生が女の人の匂いをさせて来る度に、私は早く大人にならなきゃって思った。もう私でも構わないでしょう?先生が今まで抱いてきた人よりも、これから抱くかもしれない人よりも、私は若いけど、体は大人よ。そりゃあちょっと胸は控えめかもしれないけど、」
「ちょっと待って、違うよ。いや違わないけど、お前は俺を何だと思ってたの?」
「歩く性欲」
「うん、間違ってないけど男は大概そうだからね。でも、サクラに対してそういう側面だけを求めるつもりはないし、これからも絶対にない」
「私じゃ駄目なの」
「俺はねサクラ、お前が傍に居てくれるっていうなら喜んで迎えたい。でもそれはお前が若いからとか、お前を抱きたいとか、そういうことではなくて、サクラだからお願いしたいと思ったんだってことをわかってほしい」
「…つまり?」
「少し、黙って」




唇が合わさった後、見開かれた双眸から玉のような涙が頬を滑り落ちていった。
ベルベットのソファーの上で、固く握られた白い両手から力が抜けていく頃には、サクラの口許は本来の色味を取り戻していた。





落ちる
(20141111)


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