1(沖田と神楽)
なんとかのジレンマというやつか。慰め合おうと身を寄せると、意図せず相手を傷付けてしまう。いや慰め合うだなんて馬鹿げている。傷付けたくて体が疼くのだ。だったらこれはなんのジレンマだと考えながら距離を詰めると、来いヨ、とチャイナが鼻を鳴らした。恋ヨ、と聞こえて死にたくなった。



2(藤とシンヤ)
へったくそ、と思わず声に出していた。壊れかけのブリキ人形のように鍵盤の上を右往左往する10本の指。私達中身が入れ替わったら上手くいくよね、なんて恐ろしいことを言う。鏑木の体を縁取る曲線がある日自分のものになったらと想像してしまう程度には、心も体も健全だった。



3(ルフィとナミ)
私がいなきゃこの船は何処へも行けないの、だから誰よりも優先的に私を助けるのよ。冗談のつもりで言った台詞にルフィは真面目な顔をして頷いた。お前は俺が絶対守る、口の端に食べかすを付けながら人を緊張させることが出来るのはこの男の特技かもしれない。



4(ルフィとナミ)
私が死んだら、手首の骨はあんたにあげる。それを首から下げて真っ直ぐこの海を進めばいい。そう言うと、お前の骨なんかいらねぇ、その代わり俺が先に死んだらこの帽子はお前にやる、と白い歯を出した。消えてゆくルフィの生命と遺された帽子を思うと、鼻がつんとした。




5(藤とシンヤ)
藤くん何か落としたよ、と手渡された物を慌ててしまいこんだ。鏑木に人間離れした能力がない限り中身まで悟られることはないと知っていても、居心地の悪さは拭えない。安田経由で手元に届いたこのディスクには鏑木に似た女優のあられもない姿が120分。悪いな、と呟いたのは拾わせた事へかそれとも。



6(銀時と沖田と神楽)
うちの娘にこんな傷付けて責任取ってくれるわけ、と否定の台詞を期待して言ったはずだった。旦那さえ良けりゃこっちはその気なんですけどねィ、と糞真面目な顔で刀を仕舞う男に舌打ちをする。娘さんを下さいなんてよくある展開を想像していたわけじゃない。そもそも父親役なんて引き受けた覚えもない。



7(獄寺とビアンキ)
或いはこの体に流れる血液が殆ど同じ成分で出来ていたら、こんな風にはならずに済んだと獄寺は思う。人間なんて皆自分が一番可愛いのだから、その自分に似た存在を愛でるなという方がどうかしているのだ。長い髪を揺らす姉の手首を掴んだ瞬間から、もう戻らないと決めていた。



8(諒と冴子と忍)
悪役みたいだ、とつい口にしてしまってから後悔した。面白い喩えだと優雅に紅茶をすする神様は、今日も何もかもお見通しに違いない。呑気に茶菓子を皿に盛る冴子に溜息が出る。愛する者を奪われそうなのは僕も同じなんだよ、と悪役に悪役を押し付けられて、ヒロインが一人しかいないこの狭い世界を嫌った。



9(十九郎と冴子)
俺の連れに何か?と冷めた目で問い掛けた十九郎に舌打ちをして去っていく男の背中を見送る。ありがとう、と素直に告げた冴子に、あなたのような人に声を掛ける勇気だけは認めてやりたいと十九郎は笑った。どういう意味かと不機嫌に目線を上げた冴子に、あなたはいつも高嶺の花ですからと苦笑する。



10(水野と有希)
十年経って、あの頃未来と呼んだ世界が手の中にある。寄り道もせず、転がり続ける白黒の球体を追いかけてきた。今もまだその道中で、文字通り紆余曲折を重ねながらどうにか前へと進んでいる。息切れを感じて、動きたがらない両足に立ち止まる時、隣に居るのが君ならば良いと、遠回しに、それこそ故意なる紆余曲折を上塗りして告げる。先に行くわ、待ってなんてあげない、知らぬ間に伸びた黒髪を風に預けて、ひとさじの同情もなく彼女は前を向いていた。背中を押すという簡単な作業には目もくれず、抗えない引力でもってこの腕を引くという難儀な仕事をやってのける。決して逞しくはないその背があれば、脆弱な心の恐怖をやり過ごすことが出来るのだと信じていた。



11(水野と有希と藤村)
どう見てもあんたの子よ、と親子ほど年の離れた旧友の弟を抱きながら小島は呟いた。この垂れ目が証拠ね、などと取り調べよろしく人差し指を突き付けてくる。ああでも本当に可愛い、誰かさんと違って愛嬌があるもの、そう言いながら見せるサービス抜きの笑顔は、あの頃と見劣りしない美しさを保っていた。なんやそうしてると小島ちゃんも母親みたいやなぁ、俺の子産まへん?幸せにするで、なぁボン?と、白い歯を出して同意を求める藤村に、知らない、と乾いた返事を吐き出す。シゲ、子ども好きだっけ?嫌いやないけど、俺が好きなんは子どもを作る過程やねんなぁ、ボン?悪びれることもなく、悪戯好きのする顔で再び同意を求める藤村に、知ら、ない!と余裕なく返すしかない手札の少なさに、眉を顰めた。俺の子を産んでくれ、という手札が今ここにあったと仮定しても、どうしたってジョーカーにしかならないので、言葉にするのは止めにした。



12(忍と諒)
僕自身が子を残すことはあまり良い未来ではないね。鏡のように曇りなく磨かれた窓を背に、斎伽忍はその長い睫毛を伏せて告げた。華奢なコーヒーカップが、ソーサーの上で熱を失っていく。急に黙り込んだかと思えば随分と突拍子もないことに思いを馳せていたものだと、水沢諒は明らかに億劫な素振りで視線を飛ばした。だったら何の為に、と途中まで言いかけた言葉の先が続かない。目を背けてはいられなくとも、口にすることにはやはりまだ憚りがある。どれだけ愛していようとも、あの子をこの手で抱くわけにはいかないんだよ、呟く唇は昨日までと同じように生気のない色をしていた。冴子がそれを望んでいても?と確信のないことを言ってしまえる程度に、諒は苛立っていた。面白いことを言うね、などと優雅に足を組み替える様に、お前はいつも余裕があって、大層面白いことだらけだろうな、と皮肉を忍ばせて言ってやる。整い過ぎた双眸を僅かに揺らして、忍は静かに先の問いに答えていた。僕は案外我慢の効かない人間だからね。冴子が頷くならそこで晴れて忍耐の日々とも決別だ、僕の言いたいことが分かるかい、諒?分かりたくもない、と唾を吐いてしまえばよかった。諒の信じた神が、殆ど人間だということを失念していたのかもしれない。子供のような気儘さで、彼女を欲しがる美しい横顔に、敗北の空気が心中を漂っていた。


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