植物が光合成をするように、ヒトという生物もまた陽の光を浴びることで健全な生活を送ることが出来るのだという。
そうしてその心地よさに瞼を閉じているうちに、じわりじわりと背を焼かれていることにも気が付かずに。
手の施しようがなくなる火傷を負う前に、わたしは一刻も早く暗い影の中に逃げ込みたいと思っていた。
気付けばいつもそう思っていたのだ。
「ちょっと、邪魔よ」
無造作に放り出された両足を、ピンヒールで思い切り踏みつけた。
痛みに反応して飛び上がった黒い足を抱えて、ゾロは無音の叫びと共に身悶えている。
「踏む前に言えよ!」
「見えなかったのよ、わざとじゃないわ」
しれっと受け流すわたしを見上げて、鋭い目を更に細めている。
覚えてやがれ、と低く唸るものの、覚えていて何か報復を受けたことなどただの一度もない。
踏みつけた足がもっと自然に痛みに反応していたら、間違いなくわたしの両足を捉えていたはずで、そうなればバランスを崩して正面から体を打ち付けることになっていた。
「あんたって嫌な奴」
汗にまみれて無心にダンベルを振り回すことしか能がないかと思いきや、この船で最も女という生き物に甘いのは間違いくこの男だと断言できる。
更に悪いのは、それらの行動がすべて意識せず行われていることだ。
「喧嘩売ってんのかてめぇは」
そんなつまらないもの売るわけないでしょう、と鼻を鳴らすと、舌打ちをして両腕を天高く伸ばす。
洗濯をしたばかりの白いシャツからは珍しく洗剤の香りがして、だからというわけでもないのだけれど、わたしはそのままゾロの真横に腰を下ろした。
「金を借りる用事ならねぇぞ」
「そんなことどうだっていいの」
だったらどうしてわざわざここに、とゾロは訝しげに一度こちらを見たが、結局は何も言葉にしなかった。
この男はいつもこうなのだ。
何事にも理由を求めないし、こちらが一方的に理由を述べればただ黙々とそれを聞き流す。
「眩しくて、熱いのよ」
詮索されずにいると、何か話してしまいたくなる性に抗えないのはどうしてだろうと考えながら独り言のように呟いた。
「今日は曇りだろう」
「空はね」
「小難しい話なら、俺にしても無駄だ」
無駄だからあんたを選んでるの、とピアスの揺れる耳たぶを思い切り引っ張ってやる。
「本当に時々だけど、近くにいると体が焼けそうになるのよ」
「さっきまで温かくて気持ち良いとさえ思っていたのに、どうしてかしら」
頬杖をついて見つめる先には、麦わら帽子を揺らして海を眺める船長の姿があった。
ゾロがその視線の行方に気付いたのかどうかはわからない。
「欲情してるのか」
口元を歪めてつまらないジョークを言うゾロを無言で睨みつけたが、なるほど欲情と思えばそのほうがまだまともな感情のように思えた。
「そうならもっと簡単だったわね、寝れば解決したもの」
「船内で妙な気を起こすなよ、面倒は困る」
「心配いらないわ。あいつがそんな気を起こすと思う?それもわたし相手に?」
笑っちゃう、と付け加えながら、想像してみて本当に笑えてくる。
「仲間だもの。家族と同じよ。そうでしょ?」
「さぁな。仲間だが、男と女だ」
溜息をひとつ吐いて、ゾロは続けざまに言った。
「どちらにしろ仲間であることに違いねぇなら、その仲間だけを焼き焦がすようなことはしねぇのがあいつだ」
絶対に抗えない強さでもって、この男はいついかなる時もルフィを信じている。
わたしたちは皆、まるで教祖を崇める信者のようだと思った。
例えルフィが神を殺めても、それが絶対の正義だと胸を張って言えてしまうのだ。
「狂信的ね」
お互い様だ、と言いたげにゾロはじろりとこちらを睨む。
「だからあんたも一緒に焼かれてくれるんでしょう?」
返事はなかった。
わたしはそれを肯定として受け取って、腰を上げる。
ゾロだけに限らず、この船のクルーは一人の例外もなく燃えていく気がした。
火柱をあげて沈んでいくこの船の上で、それを運命と享受しながら。
そしてわたしはその縁起でもない未来を想像して、少し哀しみを覚えながら船首を陣取る男のもとへ一直線に進んでいく。
火傷を負うの御免だったけれど、跡形もなく燃え尽くしてくれるのならもう影を求める必要もない気がした。
振り返ったルフィの姿に、またじりじりと体の焼ける音がした。
聖者の名
(20101111)