1(サスケとサクラ)
話すことが苦手なサスケ君は、その内に眠る狂気や孤独を視線と指先だけで表現する。切れ長の鋭い瞳と、度が過ぎる程ストイックな彼の性質は、ヒトよりは動物に近かった。理性的とは到底言えないけれど、彼が小指一本の震えで隠す孤独ごと飲み込んでしまいたい私も、動物的な母性に駆り立てられている。



2(サスケとサクラ)
比喩的に言えば、頭の天辺から爪先までが殆ど腐りかけの果実のようだった。辛うじて枝にぶら下がってはいるものの、間もなく鈍い音をたてて地面に落ちる。目の前の果実がまさにそうだ。ぼんやりと眺めていると白い腕がその実をもぎ取った。果物は腐りかけのほうが甘くて好きなの、とサクラが笑った。



3(ナルトとサクラ)
ただの食べ過ぎねとサクラちゃんは溜息を吐いた。昨晩から鈍く痛んでいた胃をさすりながらその診断結果に異議を唱える。これって今流行のストレスによるあれじゃないのと尋ねると、ストレスなんてあるのと逆に聞かれてしまった。サクラちゃんが手に入らないこと、と言ってしまえば楽になれただろうか。



4(サイとサクラ)
僕にサスケ君の片鱗を探しても無駄だと言ったら彼女はまた拳を向けてくるだろうか。想像してみて違うと思った。薄気味悪い作り笑いで、ごめんと呟く姿が容易に浮かんだからだ。サスケ君が帰還して僕がお払い箱になったら、サクラは彼の中に僕の影を探すだろうか。そうしていつも鶏と卵の話を思い出す。



5(ナルトとサクラ)
ありがとうサクラちゃん、と手をかざしたところで言われた。まだ何もしてない、と抗議するとナルトは心底驚いたという顔をしていた。サクラちゃんの手さえあれば何でも出来る気がするとナルトが笑うから、こんな腕で良いのならどうぞと返す。やっぱり腕以外も全部欲しいと呟く声はやけに遠かった。



6(サスケとサクラ)
白いシャツの似合う人、という項目を好みのタイプに追加する。糊のきいた襟は青い海を走るヨットのように爽やかだった。サスケ君てどんな人が好みなの、と聞けば、白が似合う奴と即答された。私も今そう思ってたの、と言って向かい合うと彼の白いシャツと私の白衣が風に揺れていた。



7(サスケとサクラ)
悪い夢ばかり見ている。夜明けが近くなるといつも、手にしたはずの安息を再び奪われるワンシーンが脳と体を覚醒させた。サスケ君、と不安げにこちらを見上げるサクラを視界に捉えてようやく息を吐く。現実に戻って安堵出来るこの瞬間があれば、何度目かの絶望も愛せる気がしていた。



8(サイとサクラとナルト)
口を開けばサスケ君、サスケ君だった。失われた時間を取り戻すかのように彼の話ばかり続けるサクラをナルトはどんな思いで見つめているのだろうか。余計な詮索だと知りながら、サイは小さな相槌を繰り返す。そうしてそろそろ頬杖をついてもいい頃だろうかと、緩慢な動作で右手を机上へ移動させた。



9(サスケとサクラ)
嫌い、と一言告げた。例えその手で命を奪われても恨み言一つ言えやしないと思っていたのに、勢いとは恐ろしい。言霊の力を信じてしまいたかったのだ。嫌いと言えばそれが真実になる。隣でサスケ君が笑った。笑えてないよ、とは言えずに下を向く。傷付けたのはどちらが先だろう。



10(ナルトとサクラ)
女の子なんだから、と珍しく怖い顔をして私の手を取るナルトがおかしくて、思わず吹き出してしまった。命を粗末にしているつもりは更々なかったけれど、消えない傷の一つくらいは欲しいと思う。女であることを忘れる為の、大きな傷の一つくらいは。



11(サクラ)
意地になって恋をしていた。同じ方向を見ていれば誰も悲しまずにいられる。そう考えてしまう程度には大人だった。サスケ君があの一言を放った日、完璧だった正三角形が壊れていく音を聞いた。形だけは美しくても、針の上に立っているようなバランスだったことを今更思い出す。折れた針先が真下から私を突き刺していた。



12(サスケとサクラ)
そういえば、と言ったきり伝えたかった言葉を見失ってしまった。今から口にしようとしている台詞に対して、そういえばという前置きは不恰好だったと気付く。考えた末に出てきた言葉は、好きだという意味合いの何かだった。驚いたような顔をして、思い出してくれてありがとうとサクラが言う。そういえば、こういう所を好ましく思っていたのだ。



13(ナルトとサクラ)
月食が見れるらしいとはしゃぐサクラちゃんは久しぶりに女の子のような顔をしていた。太陽と地球と月が一直線上に並んだ時、地球の影に消えていく月。サクラちゃんにとっての太陽はいつまでもあいつのままだ。月食より日食が見たいと呟くと、日食はまだまだ先かもねと笑われた。永遠に来ない日食の話だとは知らずに。



14(サイとサクラ)
共にいる時間の長さと濃さは比例しないものだと呟くと、サクラはやんわりと否定した。事実この数年であなたのことを好きになれた、ということらしい。スタートがマイナスだったことをふまえると、今漸く本来の始点に辿り着いたところだろうか。共にした時間が既に過去となっている彼も、この月日のなか同じだけ、或いはより深く彼女の心に根付いていることを思うと、サクラの理論は間違っていると思ったが、サイは黙って頷いた。



15(サイとサクラ)
あのさぁ、と耳元に向けて低くゆっくりと発声すると、なに?と当たり前のように顔を向けられた。その距離の近さに、仕掛けた側が続く言葉を失ってしまう。乙女心に効く声の掛け方、という見出しに大きくばつ印を書いて本を閉じた。サクラを乙女というカテゴリーにしてしまうのはやはり間違っていた、とぼやくと、どういう意味だと拳を見せつけられる。どういうも何も、ありがちな乙女心じゃあこんなに惹かれたりはしない、ただそれだけのことだ。



16(ナルトとサクラ)
悪いことをしているわけではないのに、今すぐに頭を下げたくて無心で追いかけた。手を伸ばして掴んだ腕ごと自分へ向けて、ごめんサクラちゃん、と噛み付くように告げた。悪いのは私なのと下を向くサクラに、ナルトはどうして、と訝る。私いま、傷付いたような顔をしてるでしょう、そう言ったきり唇を噛み締めるサクラに、何も言えずに立ち尽くしていた。生まれて初めて受けた告白を、見られてしまった日のことだった。



17(サスケとサクラ)
人の心を信じたらいけないって、そう言ったのはあなたでしょう、とサクラは凛とした声で言い放った。予兆はあったのだと思う。柘榴のような甘い香りをさせていたり、見たことのないアクセサリーを身に付けていたり、その度に素っ気なく問い質し、そして素っ気なく誤魔化されていた。永遠の愛なんて、信じてるの?と乾いた心でこちらを見る姿は、いつかの自分と同じ目をしている。信じたらいけないのかと、サクラはあの時声を荒げたが、それを真似することは到底出来なかった。
その余裕すらなく、巨大な喪失感に生命までもが奪われていく。一口も飲まれることのなかったカフェラテが、愛の終わりを告げていた。



18(サイとサクラ)
だってもう子供じゃないのに、そんな安い正義を振りかざしたところでどうにもならないでしょう。
諦観の姿勢を崩さない横顔に、問うてみたいのは正義とは何か。そうしていつから子供ではなくなったのか。世界が期待する正しい事柄を全うして逝くこと、それが正義だと気付いたときにはもう大人だったこと。大人であろうとするくすんだ瞳で言い切るその喉元からは、血反吐混じりの正義が常に見え隠れした。本当に欲していた正義は、と拷問のように問いかけると、あの人の罪を共に背負っていくことだと躊躇いもなく口にする。それは正義ではなく身勝手な愛だとは、言える筈もなかった。安い正義を振りかざしたくないのは、何も彼女に限ったことではない。


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