「勝ち目ないんじゃないの?」
パチンパチンと切り花の茎に鋏を入れながら、花屋の看板娘は無表情に呟いた。
「何が?」
鉢植えを物色することは止めず、ナルトは大した興味もなく聞き返す。イノの言うことはいつだって男がどうだとか女がああだとか、下らない決まり事で溢れていた。なぜ、と声を上げたところで彼女は決まって言うのである。
世の中ってそういう風に出来てるからよ、と。
「サクラよ、サクラ。あんたまだ好きなんでしょ?」
「もちろん」
即答過ぎて呆れるわね、と取り繕いもせず眉間に深い皺を刻んでイノは嘆息した。
ナルトにとってサクラの背中を追い掛けることは既にアイデンティティのようでもあったし、そういうイノだってサクラのことを憎からず思っているに違いない。素直になれば良いのに、とナルトはほとほと呆れていたが、言葉にしたが最後、どんな仕返しをされるかわからないので沈黙というルートを選んだのだった。
「サスケ君が帰ってきて嬉しいんだろうけどさぁ、それって本当に?心の底から?一片の曇りなく?」
「何が言いてぇんだってばよ」
「今のサクラはサスケ君しか見えてないわよ」
パチン、とまたひとつ茎を切る音がした。
「さっきからそれ、何やってんだってば?」
「あたしの質問を無視したわね?ま、いいけど。これはね、花を長持ちさせるためよ。要らないところは切って、養分を無駄にしないためにもね」
「要らないところ…」
「ちょっと、花の話だからね?」
「わかってるっての!」
サスケの居ない時間、サクラと二人きりで過ごした日々のことをナルトは思い出していた。
今だからこそ、あの時もっとこうしていればと思うこともあるけれど、強制的に訪れた別れを前にして、ただ慰め合うことしか出来なかったのだ。
サスケを取り戻した今、サクラにとってのナルトとは、目の前で切断されてゆくこの茎たちと同じかもしれなかった。
そう考えるとまるで自分が不幸になったような気がして、ナルトは必死でそれを否定した。
サクラを好きでいることは、温かくて優しくて幸せな現象だ。
だから何があってもそれが悲しみへ変わることはないのだ。誰かを思うというのは、そういうことのはずだった。
「これ、あんたにあげるわ」
「なんで?」
「不憫だから」
差し出された鉢植えを反射的に受け取って、ナルトは数回瞬きを繰り返した。ありがとう、と笑うと、イノは再び呆れたような顔をしてどういたしましてと言ったのだった。
花屋談話
(20130718)