近付いたら撃つぞ、とサクラは親指と人差し指を拳銃に見立てて微笑んでいた。
その立派な拳銃なら瞬殺だな、と机上の新聞に視線を戻す。
一体何の真似をしているのか、さして興味もなく聞けば、サスケ君の真似、と言う。
果たしてそんな言葉を口にしたことが過去にあっただろうかと逡巡し、そのうちに考えることが面倒になって適当な相槌を打った。


空になったカップに、慣れた手つきでコーヒーを注ぐサクラを視界の端に捉える。
再び温かさを取り戻したカップを手に取り、口を付けた。
美味しいかという問いに、そこそこだと答えれば、満足そうにサクラは頷いた。


疑わないの、と飛んできた台詞が、耳から侵入し、脳を通らず真っ直ぐ心臓に落下した。
何を疑えば良いのか、テーブルを挟んだ距離の先にある碧眼を見る。
そのコーヒーに何かとんでもないものが入っているかもしれないとか、と白い歯を見せて笑うサクラには、どう考えてもそんなことは不可能だった。
誇張や慢心ではなく、それが真実だと本気で思っている。
有り得ないだろう、と一蹴してやり過ごすと、再びサクラは口を開いた。


「近付いたら撃つぞって顔をしながら生きてたサスケ君が、私の淹れたコーヒーを飲むことをすんなり許しているのが、嬉しいと思ったの」


万が一このコーヒーカップの中に予期せぬものが混じっていたとして、それに気付かぬ自分ではない。
口を付けなければ良いだけのことだが、恐らく何も言わず飲み込んでしまうのだろうなと情けなくも思う。
意図せず緩んでしまいそうな口元をなんとか引き締めて、平静を装った。

相槌の代わりに更に一口コーヒーを啜る。
やけに苦いような気がして、ついいつものように眉間にしわを寄せてしまったが、苦味も酸味もどうだって良いと思えるくらいには愛しく感じていた。


勿論このコーヒーのことを、である。




真綿の家
(20141231)


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