世界平和と書いた日のことを思い出した。あの時書いた世界平和は、そういえば何かの賞をもらって暫くの間自宅のリビングに飾ってあったのだった。
あれから時が経って、あの半紙はどこに仕舞われたのだろう。ひょっとすると何かの機会に捨てられてしまったのかもしれない。
行方知らずになった、私の世界平和。
いまは、もっと小さな幸せが欲しいと思う。私だけの小さな幸せが。


目の前で風にそよぐ黄金色の産毛を眺めながら、ささやかな幸福について考える。
生きていること。
愛されること。
愛すること。
手を繋ぐ。囁く。抱き締める。
突然そうしてみせたら、この人は幸せを噛み締めるのだろうか。


「…あんまりじっと見ないでよ、サクラちゃん」


もっと好きになっちまうだろ、と未だぼんやりとした蒼い瞳を揺らしてナルトが笑った。
眠っているのだとばかり思っていたが、どうやら視線を感じる程度には感覚が働いていたらしい。


「見つめられたら好きになるわけ?」


「サクラちゃんに限って、ね」


静寂に似た幸せがそっと根付いていく。
私だけ、というその甘い響きが確かに心を満たしていく。


「そういうものなの?」


「そういうもんだってば」


触れても良いのかどうか、いつも迷っていた。
ほんの少し、それが小指の先だとしても、触れてしまったらそこから見えない鎖のようなものが現れて、ナルトを繋ぎ止めてしまう。


それの何がいけないのか、よくわからないけれど、わからないからこそやっぱりいけないことなのだと思う。
してはいけないのか、思ってはいけないのか、言葉にしてはいけないのか、それさえも判別はつかなかったけれど。


「手を繋いでも良い?」


抑え込んだ私の右手を慰めるみたいに、ゆっくりとナルトが問いかける。
自分から手を伸ばすことが出来ない私の弱さを知りながら、こうしてどこまでも甘やかしてくるところが、愛しくて嬉しくてそして時々とても悲しかった。


「高くつくわよ」


「いくらでも用意するよ」


重なった掌に満足そうな顔をしてから、再び閉じられていく瞼を眺める。
この小さな幸せの連続が、いつか愛に変わる日がくるのだろうか。そうしたら私たちのどちらもが幸せになれるのだろうか。


緩やかに聞こえ始めた寝息に聴覚を支配されながら、どんな顔をするべきなのかわからなくて乱暴に顔を伏せた。





去る群青
(20130718)


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