現在進行形で悪い夢を見ている。
そういうことに、したい。
寝付きが良くなかったことも、窓の外から聞こえた野良猫の鳴き声も、悪夢を見る予兆だったのだ。
そう結論付けた。


唇をきつく結び、勢いよく背後を振り返ると、美しい微笑みを浮かべた男と目が合った。

悪夢だ。

再び背を向けると、音も気配もなく肩を掴まれてぞっとする。
ぞっとするだなんて、そんな言葉を彼相手に使う日がくるとは思いもしなかったけれど、他に言いようがないのだから仕方ない。


心底、ぞっとする。



「修行なんてやめにして、とりあえず今日は俺と付き合え」


「残念だけど、今日は忙しいの」


「そうか。じゃあとりあえず今日から俺と付き合え」


「ごめんなさい」


「俺より良い男なんて居ないだろ?」


「私より良い女が居るでしょう?」


「どこに?」



畜生、なんて無意識に呟いてしまう。
苛立っているのに、私を反応させるこの声が憎い。



「どこにでも、よ」



振り返った先にある彼の、殆どすべてが正しくサスケ君だった。
長い睫毛の一本一本までもが、どうしたって愛さなくてはならない存在のようで、ぎゅっと目を閉じることで残像ごとかき消す。
本当のサスケ君の横顔が、暗い瞼の裏で瞬く。
ネオンサインのような冷たさで、警告を告げる光だった。

正面から向き直り目線を上げると、先刻まで空を漂うようだった彼の目が、じっと此方を見ていた。そのあまりにも本物に近い相貌に言葉が詰まる。
焦点の合った鋭さが、緩やかに皮膚を突き刺した。


「サスケ君は、そんな風に私を見ない」


「サスケは俺だ」


「あなたは私の知っているサスケ君じゃない」


「そうだったとしても、今はもうお前の知ってる俺だ」



そんな屁理屈、と勢いよく振り上げた右手は、彼の白い頬のすぐ横で固まってしまった。
夢でも幻でも、私の手がサスケ君を傷付けることは出来ない。
表情を変えず身構えることもしなかった彼は、そんな私の弱さを知っているのかもしれなかった。



「うちはサスケは、俺だ」



行き場を失った右手は、一回り大きな冷たい手の中を終着点に、彷徨うのを止めた。
いつも素っ気なかったサスケ君の手が、人一倍温かかったことを知っている私は、目の前の悪夢に再びぞっとするしかなかった。
皮膚の表面を伝う冷たさは、彼がサスケ君ではないことを明白にしていた。


その冷えた肌の隅々までもを温めてみたいと思った一瞬こそ、夢であって欲しかったのに。
足元を照らす蛍光灯が静かに力尽きていくのを視界の端で捉える。


まだ、朝は遠い。





孤独の最小単位
(20130718)


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