もっとずっと幼い時分に、もっとずっと多くのものを、共有するべきだった。
見上げれば同じ空を見てる、だなんて、そんなワゴンセールのような言葉を心から信じていたわけではない。
見上げれば、いつも違う空を見ていた。
あぁ違う、同じ空を見て、違うものを視ていたのだった。

いつもそっと寄り添って、ぎゅっと手を握って、そうして立っていられたら、こんな風に瞳の中を探らなくとも私たちの思考は同じ線上に存在できたはずだった。
すぐ右上にある長い睫毛を見て、そんなことを考えていた。


「今日は随分静かだな」

「木曜日の午後なんて、大体こんなものじゃない?」


月曜日の午後も、火曜日の午後も、たぶんそうで、事実どうなのかそんなことは知らない。
日曜日は朝から賑わっているのだろうなと、思いはするけれどそれも事実か想像か判別はつかなかった。
だって私たちには、本当の休日なんて訪れはしない。
それが苦しいだとか、切ないだとか、そんな風に感じたことは今までの十数年間のうちあったとしても五分程度のことで、だからどうということでもないのだけれど。


「いや、お前が」

「え?」

「お前が、静かだ」


そうかなどうだろうね、なんてうやむやに頷いてみせて、そういえば今日は一度も彼の名前を呼んでいないことに気が付いた。
無口な彼は、やはり無口な女性が好きなのだろうか。だけどそれじゃあ互いに沈黙してばかりで、どうやって次の約束をするのかしら、どんなタイミングで手を繋いでキスをして抱き合うのかしら、なんて会ったこともない女性と彼のことを心配していた昨夜のことを思い出す。
無意識のうちにその女性になりたがって口を閉ざしてしまったのかもしれない自分に、どうしようもない憐れみを感じてしまう。


「サスケ君は静かな子が好きなのかなぁと思って」

「煩いよりは楽でいい」

「頭の良い子が好き?」

「馬鹿よりは楽でいい」

「かわいい子が好き?」

「ブスよりは」


その先に続く言葉が「楽でいい」でなくて良かった、と思う。
かわいい子の方が楽でいいなんて言われた日には、何をどうしていいのやらわからなくなって、とりあえず黙ってこの場をあとにしたかもしれないし、しないかもしれないし。


「私のことが、好き?」

「…嫌いよりは」


どうして今少し悩んだの、とは問い詰めない。嫌われていないのならまぁいいか、と思う一方でじゃあ好ましく感じている人って一体誰なのと思考を巡らせる。


「サスケ君の恋人になりたいと、いつも思ってたの」

「そうか」

「そうだよ」


過去形にしたことを微塵も不審に思わないあたり、たぶんこの人は本当に私に興味がないのだなと思った。
目に見えるパラメータのようなものが、誰しもの頭上にあれば随分と生きるのも楽になるのに、うまくいかない。
100をマックスにしたときの、彼の中の私パラメータは一体今どこを指しているのだろうか。それは青色なのか、黄色なのか、それとも少しくらいは赤かったりピンクだったりするのだろうか。

今こうして肩を並べて瞳を覗き込んでみても、何を考えているのか、欲しているのか、背負っているのか、悔やんでいるのか、何もわからなかった。
正面に伸びる巨大なあの雲を見て、何を思うのかしら。
私はね、サスケ君、雲を見ても雲としか思えないの。


「あの雲をどう思う?」

「哀しいと思う」

「そう」


それは、哀しいねと私は小さく返して、理由までは聞くことをしなかった。
今にも太陽を覆い隠そうとしている雲を、哀しいと思うその意味を私も僅かに知っている気がした。

ずっとこの人の恋人になりたいと思っていた。
だけど、恋人って一体何ができるんだろうなんて思い始めたら、寂しいときに抱き合って、夜が明けたら服を着て部屋を出る、ただそれだけのような気がして、なんだかどうでもよくなってしまったのが一昨日のこと。


そして雲を見て哀しいと言う、彼の伏せられた睫毛を見ていま思う。
私はこの人そのものに、なりたかった。





木曜日のレゾンデートル
(20120506)


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