誰かのものにはならないで、と唐突にサクラちゃんは俺の手を掴んだ。
誰のものにもならないよ、とその手を握り返しても、サクラちゃんは全身で俺を疑っていた。
誰かのものになりたいサクラちゃんが、誰のものにもならない俺を求めるのは我儘だ。
だけど、切羽詰まったように嘆願するその顔を見たくはなくて、ただ何度も言うしかなかった。
誰のものにも、ならないよ。
信じてる、と目を細めたサクラちゃんの手を撫でながら、俺が密かに思っていること。
サクラちゃんは嘘を吐いている。



選ぶことが出来るならこのままが良い、とサスケ君は射抜くような目で私を見ていた。
出来るなら、なんて言って、いつだって選択肢を持つのはサスケ君ただ一人だ。
選ばれることを夢見て、心がざわめくのは私の方。
いつもサスケ君の隣に居ようって決めてるの、と冷たく骨張った手に触れた。
好きだとも愛してるとも言ってはくれないのに、温もりだけ求めて私をここに留まらせるサスケ君は、可哀想だ。
だけど、私がこの手を離してしまったら、サスケ君はもっと可哀想になって、私は私を許せなくなる。
心強いな、と僅かに口許を緩めたサスケ君の手を握り締めながら、私が密かに思っていること。
サスケ君は嘘を吐いている。



見返りなんて端から期待してないし、とナルトは小さく嘆息して、じっと手元を見つめている。
報われない、って顔をしてるよ、と思ったことをそのまま伝えると、余計なことを言うなと睨まれた。
無償の愛が存在出来るほど、この世は単純な造りをしていない。
嫉妬や憎しみの連鎖だけは、道理のように起こるのに、幸福だけは連鎖しない。皆、自分の中にひた隠しにしてひっそりと味わっている。ナルトの愛されたい欲望は、決して間違ってなどいないのに、まるでそれがいけないことのように扱われるのには納得がいかなかった。
愛して、慈しんで、そうしてただ与えるだけで、神にでもなったつもりなのか。見返りはいらないだなんて、その方が余程傲慢だ。
ナルトの膝の上で握り締められた二つの拳に、桜の花を描いてみせた。
やっぱり桜って綺麗だな、と満足げに白い歯を見せたナルトの手の甲に幾つも幾つも桜の花を描きながら、僕が密かに思っていること。
ナルトは嘘を吐いている。



両手に花でも気取ってるつもりなの、と嫌悪感を誤魔化すこともなくサイは言った。
花なんてもう咲かない、と吐き捨てるように舌打ちをしても、生気のない瞳は無言で此方を見据えている。
第三者の振りをして、漁夫の利を狙っているこの男は、卑怯だ。
先にも進めず、後にも戻れず、立ち尽くすだけの俺たちがその事実に疲れ果てた時、出来上がった心の隙間に入り込もうとしている。
すべて君から始まった呪縛だ、と辛辣な台詞を吐き出して俺を見る両目は、静かに燃える青い炎を連想させた。
また憎しみが生まれていく。ただ、誰が誰を憎もうと、誰がその連鎖に押し潰されようと、もう二度と失くしたくないものがあった。
両手に花、そう見えているのならその方が良い。本当は、気付いている。いつまでも公平に手を取り合っている俺たちは偽物だ。
花のひとつも咲かせられなくなった俺が密かに思っていること。


皆、嘘を吐いている。





燦々と、嘘
(20120307)


- ナノ -