拝啓、春野サクラ様

顔を合わす機会が減って、もう随分と経つけれど、元気ですか?
手紙を書くのは、殆ど初めてと言ってもいい位に不慣れだから、突然おかしな事を書き出してもどうか笑わずに居て欲しい。

こんなにも長い時間、里を離れたことなんて一度もなかったせいか、毎日のように、いや、毎時間、毎秒、あの見慣れた景色を思い出している。
そしてそこにはいつものように、あいつが居て、サクラちゃんが居て、そんな光景がどれだけ特別だったのか、今ようやく理解した気がする。

こちらのことは心配しなくても大丈夫。
だからどうか、サクラちゃんも変わらず元気で居て欲しい、そう思います。
何を書けばいいのか、書くべきなのか、わからなくなってきたので今日はこの辺で。
それじゃあ。





拝啓、春野サクラ様

あまりにも寒い日が続くものだから、風邪をひいたりしていないか心配です。
畏まった文章はらしくない、と言われてしまったので、いつものようにと思ったけれど、いざこうして筆を執ると妙に力が入る。
こんな文章も書けるんだと、少しは見直してくれたら嬉しいな。そのまま好きになってくれればもっと嬉しいけど、あまり多くは望まないようにしようと思う。サクラちゃんに関してだけは、割と謙虚な姿勢でいるはずだけど、どうかな。
あいつが居て、サクラちゃんが居て、と書いたことで、やっぱり俺の一番はあいつなんだってこの前の手紙で言ってたけど、それは本当に誤解なんだ。
どちらがどうということではなくて、二人が居ることに意味があるわけで。

つまり何が言いたいかって、とにかくずっと昔からサクラちゃんのことが好きだっていうこと。
今更何を返して欲しいわけでもないんだけど、それだけは言っておきたい。





拝啓、春野サクラ様

もうすぐ新しい年が明けるけど、そっちはどう?徹夜続きで疲れていないか心配です。
ラブレターを送ったつもりはなかったんだけど、まさかこの手紙をあいつと一緒に読んでいるとは思ってなかったから、この前の手紙は驚いたよ。
あいつの反応は簡単に想像出来る。きっと、離れているのにこうして繋がっている俺たちのことが気に食わないだけなんだ。サクラちゃんは否定するかもしれないけど、そういうのを世間一般では嫉妬、っていうらしいよ。
こういう言い方は、サイから教わったけど、少し知的で気に入ってる。
もしもあいつとこれを読んでいるのなら、破り捨てられるのがこの手紙の運命かもしれないね。あいつは案外子供っぽいところがあるから。って俺が言ったことは内緒にしておいて。
それじゃあ、良いお年を。





拝啓、春野サクラ様

あけましておめでとう。今年もよろしく。
捨てられるのを避けて、一人で読んでくれたこの前の手紙は、あいつにも見せてやった方がいい。そうすれば、サクラちゃんの長い片思い(と思っているようだけど多分それは違うと俺は思う)にもようやく春が訪れるはずだから。





拝啓、春野サクラ様

まだ気が早いかもしれないけど、最近ほんの少し日が長くなったように感じるね。変わらず元気にしていますか?
一年の中で冬ってやつは結構長い間居座っているように思う。冬服にも飽きてきたから、早く春が来ないかって最近はそればかり考えてるんだ。
春といえば、もうすぐ誕生日だね。何か欲しい物は、と聞いたところで届けるのはまだ暫く先になりそうだから、次の手紙はいつもより時間をかけて、お祝いの言葉をたくさん書いて送ることにするよ。





拝啓、春野サクラ様

誕生日おめでとう。それから、サクラちゃんの思いにも、おめでとう。封筒を開けて見えた便箋が、初めてサクラちゃんの髪と同じ色をしていたから、なんとなく、何か良いことがあったのかなと思った。
悔しくないと言えばそれは嘘でしかない。だけど、願っていたのも欲しかったのも、サクラちゃんの幸せだったから、きっとこれが誰にとってもハッピーエンドだったんだと俺は思う。いや、思いたい。
綺麗事だって、多分あいつは言うんだろうけど、たとえばサクラちゃんの心の隙につけこんでみたところで、結局俺もサクラちゃんも、多分あいつも、傷付くことになるんだ。あいつを思うが故に出来た隙間に滑り込んだって、一体何になると思う?

本当はどんな手を使ったって、俺の隣に居て欲しかった。
出会ってから今日まで、この長い時間、一度も他の誰かを思ったことなんてなかった。
努力は報われる、っていうのがいつだって信条だったけど、人の気持ちだけは努力でどうこうなるものじゃないことも、理解したいとは思ってる。
でも、






でも、と書いたきりナルトはその先に何を書くべきか逡巡した。
便箋の上で固まったままのペンが、インクを滲ませている。
涙の跡のようだと思ったのも一瞬で、こんな風に紙面を汚す涙を流したくはないと歯軋りした。
恐らく、この手紙が届くことはない。宛名を書いて切手を貼っても、投函する勇気がないことはナルト自身よくわかっていた。
いつも、いつまでも、彼女にとって理解者でありたい。それが恋人とイコールでないことも、随分と昔から知っていた。
離れている間に互いを行き来した手紙の束は、正方形の缶の中でくたびれている。
いつも決まった封筒に、季節に合わせた便箋が折り目正しく包まれていた。戦場での勇ましい姿とは裏腹に、女性らしいサクラの筆跡は常にナルトの心にふわりと爽やかな風を吹かせた。


サクラから届いた手紙の下には、書いたきり出せなかった便箋が無造作に折り畳まれている。今手元にあるこの手紙も同じように仕舞われて、誰に読まれることもなく古びていくのだ。
このまま書き続ける手紙が山のように積み重なって、いつか根を張り一本の大木になったら、強い日差しから、冷たい雨から、彼女を守ることが出来るだろうか。
そこまで考えて、ナルトは握り締めていたペンを解放した。




そんなものはただの理想だ。夢の中でしか葉を揺らせないレターツリーは、無力過ぎてあっという間に想像からも掻き消えた。
今、ここからは遠い故郷で、もっと確かで強かな存在がサクラを背にして立っている。
書き溜めたこの感情は誰にとっても過去になった。
新しく取り出した水色の便箋に、ナルトはペンを走らせる。
窓から差し込む橙色が、たった一行の手紙に費やしていた時間の長さを知らせていた。





拝啓、春野サクラ様

おめでとう。それから、ありがとう。ずっと君が好きでした。





朝日を背に書き始めた最後のラブレターは、

もう水色の過去になっている。
(20120228 for the greatest project 春と修羅)


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