お前なんか嫌いだと真正面から吐き捨てるのなら、そんな風に傷付いた顔をしてはいけないと誰か彼に伝えて欲しい。
お前なんか嫌いだと真正面から吐き捨てられた私は、傷付いた顔をしなくてはいけないのにそう出来ない。
これが無声映画なら、主演女優は身振り手振りで悲哀を顕わにしたのだろうけれど、生憎と舞台は観客の居ない殺風景な病室だ。
生まれもしない哀しみを大袈裟に表現する必要はどこにもなかった。
「それはもう、随分と昔から知ってるけど」
口下手な彼が、改めて言葉にする位だ。そうさせた何かがあることは明らかだった。
別に何だって構わないのだけれど、知りたい、という知的好奇心には抗えないので思ったことをそのまま口にした。
「具体的に、どこが?」
涙するどころか、俯くこともせずに平然としている私を、理解出来ないとでも言いたげな顔で見ている。
顔を合わせた途端に、お前なんか嫌いだと言い放つ頭の中の方が理解に苦しむ代物であることを棚に上げて、そんな顔をする無神経さは相変わらず健在のようで何よりだった。
「用もないのに、来るな」
「悪いけど、仕事で来てるだけよ」
「期待しても、俺はお前を特別に思ったりしない」
「十年前から期待したことなんてないのよ、お陰様で」
歯軋りの音でも聞こえてきそうな顔つきで、どうやって私を傷付けようかと思案している。
私が最も痛みを感じる言葉を彼は知らないし、きっと知ってしまったとしても一生それを口にすることはない。
本人がどう思っていようとも、根幹から優しさに満ちた人なのだ。誰かを傷付ける方法なんて知り得ないし、わかっていても上手くその術を施すことなんて、出来はしない。
「サスケ君は私のことを何も知らないよね」
「知りたくもない」
「よく知りもしないのに私を嫌う権利なんて、サスケ君にはない」
ぐっと息を呑む音がした。
「中身のない言葉に傷付けるほど、もう子供じゃないのよ私。知らなかったでしょ」
白衣のポケットに無造作に突っ込んだ掌を、強く握り締めた。
じっとこちらを見据える隙のない瞳が、私の心に波紋を呼ぶことを、彼はきっと知らずにいる。
それを誤魔化す為に、この両手が薄布の下で震えていることも。
「薬はきちんと飲んでね。また明日来るけど、その時は好きだって言って欲しい
な」
嘘だ。
好きだなんて言われたら、私は間違いなく傷付いた顔で呆然と立ち尽くすことになる。
彼の口からそんな凡庸な台詞は一生聞きたくない。
一瞬の揺らぎもなく刺さる視線をするりとかわして、私は来た時と同じように何の感慨もない素振りで病室を後にした。
本当に私を傷付けたいのなら、好きだと一言告げてみせたらいい。
無責任に嫌いだと言ってしまえる彼の、無責任に好きだとは言えない弱さが哀しくて、冷えたモルタルの壁に背中を預けて下を向いた。
私が今、どんな顔をしているか、サスケ君は知らない。
私にも、わからなかった。
戯れにシーユーアゲイン
(20120119)