「不健全よね」


紅蓮の炎を思わせる美しさを、無理矢理に閉じ込めた表情で七瀬冴子は呟いた。
ウェッジウッドのカップに注がれたイングリッシュティーは、その熱を徐々に失いつつある。


「この空間がか?同感だな」


もう慣れてしまった突然の呼び出しに、嫌々ながらこの部屋を訪れたことを後悔していた。
喜ばしい事態が待っていたことなど、ただの一度もない。
にも関わらず毎度こうしてこのソファに身を埋めている。


「それはもう大前提としてよ。言葉にするまでもなくね」


だったら何が、と視線で問いかけると、溜息のように小さな音が、何もかもがよ、という言葉になって返ってきた。


「自虐的で、見るに耐えないわ」


誰がとは言わないが、思い当たる節はいくつかある。
一年中真夏の太陽のように脳みそを沸騰させているあの男だとか、見るからに不健康で燃費も悪いというのに神と崇められてしまったあの男。
認めたくはないが、恐らく己の従兄弟も、冴子の言うところの不健全な何もかもに含まれているのだろうと思う。



「そういう不健全な部分が全部、外傷になって現れてくれたらいいのに」



そうしたら治すことが出来る、と続くはずの言葉は力無く飲み込まれていった。


ようやく手にしたカップを持つ白い掌が、触れてもいないのに酷く冷たくなっているのがわかる。
ただしそれを、温めてやれるのは彼女を取り囲む不健全な人間だけだ。

今ここで、自分が手を伸ばしたところで何も変わりはしない。
精々驚いた彼女がカップから手を離し、温くなった紅茶がこの新品のようなカーペットに染みを作るだけなのだ。



その染みが伝染して、いつしか自分をも飲み込んでゆくような気がして、希沙良はそっと視線を逸らした。





Ms.Scarlet
(20110225)


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