鏑木の髪は、黒くて真っ直ぐで、風が吹けば振り子のように揺れた。
放り投げた蜜柑を一瞬でジュースに変えてしまう姿とは、どうにも不釣り合いな気がする。
あれだけの長さにするまでに一体どれほどの月日が必要だったのだろうか。
その長い時間を、丁寧なケアをしながら過ごしてきたようには到底思えなかった。
「女らしさは髪の長さで決まるわけじゃないよな」
「…それ悪口よ!」
「本人を前にして言ってるんだから、悪口じゃないだろ」
アドバイスだ、と付け加えると鏑木は酷くつまらなそうな顔をした。
だったら藤くんにとっての女らしさって何、ととりあえず聞いておこうかという姿勢で尋ねてくる。
「料理上手?」
「う…」
「裁縫が上手いとか?」
「うぅ…」
見る見るうちに小さくなっていく姿に、ひとまず満足した。
これ以上は制裁が恐ろしいので止めておく。
「そういうことが上手に出来ないからなの」
「何が?」
「女の子らしいことが何も、ひとつも出来ないからせめて見た目だけはっていうこと」
俯く横顔に、黒い髪がさらりと一房流れ落ちた。
開け放したままの保健室の窓からは風が吹き込んでいて、鏑木の髪を舞い上がらせる。
それを迷惑そうに片手でかきあげてから、藤くんには関係ない話だろうけど、とソファから立ち上がった。
鏑木の言う通り、それは俺には全くもって関係のない話で、今後もきっと関係は生まれてこないだろうと思う。
風が吹いて、目を伏せて、髪をかきあげる。
その一連の動作が女以外の何者でもないと思ったことも、関係のない俺からは一生口にすることはないだろう。
少年Fの供述
(20110205)