大都会と言えばこの街でさえ叙情していく。
孤独と孤独が身を寄せあって、いつからか眠りを知らないネオン街へ姿を変えた。
泥酔した中年の男が発する奇声も、ホームレスがぶら下げるビニール袋のこすれ合う音も、この街に似合いのBGMだった。
皆そうして自分に合った世界を本能で嗅ぎとっている。


居候しているくたびれたアパートに帰るには、どうしたってこの雑踏をすり抜けて行かなければならなかった。


前方に見える途方もない数の人影に、ひとり息を呑む。
恐ろしいのは、あと数十メートルも進めば、あの影の集合体と同化してしまうことだ。



「子供は真っ直ぐ家に帰りなせェ」


「…ストーカーかヨ、なんでここにいるネ」



着崩した学生服と、片耳から伸びたイヤホンは、この街に上手く溶け込んでいて憎らしい。
同じように、と考えてはみても想像してその気を失くすのが常だ。
膝上20センチのスカートだとか、クリスチャンなんとかのネックレスだとか、そういったものがこの哀しい街と自分とを繋げてしまうのなら、そんなものは要らなかった。
長いスカートの下に履いたジャージと瓶底眼鏡だけが、流されそうになる自分を引き止めている。



「生憎、この道は通学路なんでねィ。嫌ならお前が退きなせェ」


「退いてるダロ、早く行けよサド」


「お前は?ハチ公みたいに突っ立てても飼い主は生憎とまだ学校でさァ」


蠢く人の群れを背に、こちらを振り返る。
高性能のカメラが被写体にピントを合わせた時のように、沖田の輪郭だけが鮮明に映った。


「私は、まだいいアル」


言ってから後悔した。
お前に関係ないお前って呼ぶな飼い主ってなんだ、言うべきだった言葉が次々と浮かんでは消えて行く。



次に顔を上げたら、沖田はそこに居ないだろう。
そうしたら青信号を三回見送って、それから駆け足であの横断歩道を越えよう。
決意して視線を上げると、見覚えのある悪趣味なTシャツが目の前に迫っていた。



「な、なにヨ」


「かわいくねぇ女でさァ、てめぇは」



走れ、という一言と同時に与えられた掌を包む熱が、強い力でもって群衆を掻き分けて行く。

振動が頭にも背中にも心にも伝わって、肩にかけた通学鞄の中身が騒がしく音を立てた。



「うるせェな!何が入ってるんでィ」


「それってセクハラアル!」


「…本当にかわいくねぇ女でさァ」



呆れた顔で振り返る沖田の胸元には、安っぽい赤色で書かれたSの文字が歪んでいた。




5gの寵愛
(20110704//へきしさまへ)


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