春になると一気に空が明るくなる。花や木の色が鮮やかになるから、なんだかキャンパス内も華やかに見える。2年生になっても顔を合わせるメンツは変わらないのに、明るい話題が増えた。
 学部の友達とお昼を食べながら、ゴールデンウィークに旅行に行こうよって話をする。東京、京都、沖縄、北海道などと行き先を好き勝手言って、とりあえず日程だけ決めた。

「あ、でもなまえの彼氏ってこういうの大丈夫?」
「こういうのって?てか彼氏って?」
「男子も交えた旅行って嫌がるじゃん結構。国見くん?ってそういうの平気?」
「ちょっと待って。国見が彼氏って誰が言ってたの」
「えっ彼氏じゃないの?」
「全然違う」
「じゃあただのセコムか」

 ただの中学からの友人です、って言ってもあんまり納得してもらえなかった。国見はセコムですらない。私がもし暴漢に襲われたとしても、一人でさっさと逃げるような奴である。

 3限を終えて、講義室を出ようとしたところで後ろから声をかけられた。振り返ると例の国見英が立っている。国見もこの授業とってたのか。講義室が広すぎて全然気づかなかった。

「この授業当たりっぽいね。出席確認ザルすぎる」
「さすが楽単マスター国見くん」
「何その呼び方。ださ」
「楽単大臣様。ほかの楽単授業も教えてください」
「……。いいけど、夕飯奢りね」

 最後の言葉は聞かなかったことにして、スマホの時間割アプリを見せる。そこには私の現時点での時間割(仮)が入力されている。履修登録期間がもう少しで終わろうとしているのに、私はまだどの授業を取るか決めかねていた。

「この授業、最後のレポートめんどいらしいけど。テスト百パーのほうが楽じゃない?」
「いや私テストのほうが自信ないから、レポート重視でいいよ」
「過去問なら見せてやれる」
「その謎の情報網なんなの」

 国見は昔から要領が良かった。地頭の良さはもちろんあるが、ほとんど勉強していないのにも関わらず、人のノートやわかりやすい参考書を調達して、テストのたびそれなりの得点を叩き出している。
 高校の時もぎりぎりまで部活をしていたくせに、蓋を開けてみれば私と同じ大学だった。別に私頭良くないけど、絶対国見より勉強してたはずなのに!

「お前の必修科目どれ?」
「これとこれとこれとこれ」

 自分のスマホを見ながら国見はポチポチと私の時間割に色々入力した。

「ねえテスト百パーとかほんと無理だよ」
「……」
「聞いてる!?」

 過去問があっても万が一テストでやらかして落単なんて笑えないなとか考えていると、スマホが手元に戻ってきた。おそるおそる楽単マスターお手製の時間割を確認する。彼自身の時間割も確認して、相当被ってるなって思った。大学2年の前期は国見とズッ友になる運命らしい。
 まあでも彼の情報網に頼ればなんとかなるはず。タダでは助けてもらえないだろうけど、落単するよりずっとましだ。



 ゴールデンウィークの旅行は、一泊二日で東京に行くことになった。宮城から東京までは思っていたよりもあっという間で、科学技術ってすごいなあと思う。新幹線が開発されていなかったら、影山も滅多に宮城に帰ってこなかったかもしれない。
 東京は渋谷と浅草とスカイツリーと…と観光名所が多すぎて、全身へとへとになるまで歩き回った。人が多すぎるし、建物は密集してるし、電車の路線は複雑だし、こんな環境で影山は本当に生活できてる?大いに謎だ。

 夜、ホテルのベッドの中で『いま東京来てる』と影山に連絡すると、数分経って『俺は宮城にいる』と返信が来た。なんなのそれ、聞いてないんだけど。
 もしかして入れ違いになるんじゃ、と不安になりながら、いつまで?と送る。目の前では恋バナ合戦が繰り広げられている。好きな人いる?って聞かれて「いないよ」と答えた。一晩中話している間もどうしてもスマホが気になってたまに確認したけど、結局返信はこなかった。



「おみやげは?」

 開口一番にこれだ。仙台駅に着いて友人たちと別れるなり、国見から「飯」と電話がかかってきてよく行く飲食店に招集された。

「ないよ」
「使えねー」
「そんなにほしいなら影山に頼めば」
「そういや影山帰ってきてたね」
「知ってたの!?」
「まあ、うん」

 なんで知っていたのに教えてくれなかったのか。ぶつぶつ言いながら私はネギトロ丼を注文した。国見は唐揚げ定食を頼んでいた。
 国見がトイレに行ったところで影山から返信が来ていることに気がつく。『明日』というシンプルな返事にほっと息をついた。今どこにいるんだ、国見とご飯中だよ、どこで。珍しく暇なのかぽんぽんやり取りが進んで、今いる店の位置情報を送る。

「ねえ今から影山来るって!!」
「うるさ…」

 行く、という返信に思わず声上げると、トイレから戻ってきた国見はうんざりした表情を浮かべた。

「来るっていっても、もう俺ら食い終わってるじゃん」
「じゃあ一旦出て、二軒目行こ」

 お会計を済ませて店を出る。お店からちょっと離れた所で影山を待ちながら旅行の感想を色々話した。国見はスマホ片手でも私の話を意外と聞いてくれるので嫌な奴ではない。リアクションとか質問とかが的はずれじゃないからわかる。
 5月になって日が落ちるのは随分と遅くなってきたけれど、辺りはもうすっかり暗い。飲食店が連なるこの通りは色鮮やかな看板がライトに照らされている。影山そろそろ来るかなあと思いながら、通りに目を凝らしていると不意に国見が「あ」と声を上げた。

「目にゴミ入ったかも。めっちゃ痛い」
「ええ、大丈夫?」
「ちょっと見てほしい」

 見たところで私にどうにかできる問題でもないけど、催促されて国見の眼の粘膜を注視する。下まぶたを引っ張って見せてくるが、暗いのと身長差のせいで全然よく見えない。

「全っ然見えないよ。目薬したら」
「もってない。ちゃんと見て」
「そこのドラッグストア行ったほうが早いと思う」
「いいから」

 ヤケになって思い切り背伸びをしたら、なぜか想像以上に顔の距離がぐんと近づいて、国見が私の頬に触れた。は?と声をあげたのと、背後から低い声がしたのはほぼ同時だった。

「何してんだ」

 さあっと血の気が引く感じがして、振り返ると影山が私たちの様子を伺っていた。目にゴミが入ったらしくて見てただけ、と必死に言い訳している間、国見は何も言わなかった。信じらんない。
 むかついて睨みつけると、国見は影山に「俺はもう帰るからあとは二人でよろしくやれば」と言った。んべ、と私に舌を出して、額を小突いてくる。「バイバイ影山」あざ笑うかのようにひらひらと手を振った。

 なんてことをしてくれたのだろう。国見の悪ふざけに引っかかった自分も馬鹿だけど、本当にむかつく。しばらく顔も見たくない。いや、でも連日授業一緒だ。なんで同じ授業ばかりとってしまったのか、1ヶ月前の自分を呪う。

「…どのお店入る?」
「飯はいい」
「……うち来る?」

 うなずく。歩き出してからも、影山は国見の話を一切しなかった。東京のどこに行ったのか訊かれて、ぽつぽつと旅行の話をした。影山は親に顔見せろと言われて帰ってきたらしい。
 いつも通りの様子に私は失望した。ちょっとくらい動揺してくれないかなと期待するだけ無駄だった。

「夏休みも東京来いよ」

 長い長いキスの後、影山がぽつりと言った。息も絶え絶えで意識が朦朧としていたせいで、よく分からぬままするりと抜け落ちていく。呼吸を整えて酸素が巡って、影山の言葉を脳内で噛み砕いて、そこでようやく意味を理解した。

「ひとりで?影山が面倒みてくれんの」
「当たり前だ」

 なんで急に、と言おうとしたところで敏感な部位を引っ掻かれ、あられもない声が漏れる。ひっきりなしに快楽の波が押し寄せてきて、何も考えられなくなる。さっきの言葉は夢だったような気がした。だって影山だ。私を何度も失望させる影山だ。

「おい、顔隠すな」

 手を握る。今までと比べて今日はずいぶんと執拗だ。国見のせいだったらいいのになあ。なんて結局いつまでも私は期待しつづけている。

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