影山が私の家に泊まってから数日がたった。あの日は結局何も起こらず、昼前に実家に帰っていくのをもやもやしながら見送った。自分も実家に帰るために荷造りしている間もずっともやもやしていた。なんなら泊めなきゃよかったと思ってしまった。

「影山帰ってきてたんだろ」
「うん。元気そうだった」
「どんまい」
「国見ってほんといい性格してるよね」

 別に何もなかったよって言ってないのに察してるのがむかつく。影山は今ごろもう東京に戻っているだろう。またしばらく会えないなんて考えるだけでもつらい。
 国見は私の目の前でごろんと横になった。影山もこいつも何でうちで寝ようとするわけ。夏休みで暇すぎるのか、ここ最近国見は毎日のように私の家に入り浸っている。モテるんだからさっさと彼女作って、そっちに居座っててほしい。こないだも同期の女の子に告られたって自慢してきたじゃん。

「ちょっともう帰って」
「影山泊めたのに?」
「私これからバイトだから 帰って」

 国見の背中をぐいぐい押して家から出す。私が影山の話しかしないから面白くないんだろうなと思った。でもそのうち国見の興味の対象も別にうつるはず。



 秋の初めごろVリーグが始まった。影山が出る試合は録画して観た。正直めちゃくちゃ格好良くて、何度も一時停止して巻き戻して、を繰り返しながら観た。
 アドラーズは仙台がサブホームタウンだから、宮城で試合をすることもあった。たまたま予定が合った山口くんと日向と一緒に観に行った。

「サーブの威力また上がってない?」
「殺人どころか宇宙人すらころせそう」
「ありえる」

 アドラーズが勝って、影山の周りにファンが集まっているのを遠くから眺める。一瞬目が合ったけどすぐに逸らされた。慣れない様子で小学生くらいの男の子と喋っているのが笑えた。「かげやま選手」って呼ばれてるんだろうな。
 帰りに3人でご飯を食べた。日向がブラジルに行ってしまうまであと数ヶ月しかない。色々進捗を聞いて、みんなすごいなあと思った。

 二人と別れた後、歩いている途中で影山から電話がかかってきた。道に迷ったというので、よく状況を理解できないまま周りの建物とか目印になりそうなものを訊く。

「え、めっちゃこの辺じゃん。助けに行くね」
『早く来い』

 助けてもらう側なのにずいぶんと偉そうだ。数分歩いて、道の端っこに立っている影山の姿をすぐ見つけた。

「メール見ろよ」
「ごめんて。日向たちとご飯食べてた」

 アプリなら通知が来るからすぐ気づくことができるけど、メールはわざわざ開かなければ見ることができない。「で、何の用?」と聞いて「お前んちに行こうと思ってた」と返事が返ってきた。影山って私のこと好きなの?と思わず訊きそうになった。

「ごはんは?」
「もう食った」
「明日東京に帰るんじゃないの?」
「昼ごろの新幹線に乗る」

 家に着いてテレビをつけて、今日の試合の感想を聞く。いつもは饒舌に語るのに、何だか今日はたどたどしい。初めてのVリーグだし疲れているのかもしれない。「もう帰る?」訊いたら、おうとだけ返ってきた。
 見送りのために玄関まで行って、靴を履こうとする後ろ姿を見つめる。幸せな時間はいつもあっという間に過ぎ去ってしまう。

「忘れ物ない?」
「ない」
「あ、かげやま選手、握手してください!」
「その呼び方やめろ」
「いいじゃん。かっこいいよ」

 手をとって半ば無理やり握る。大きい手だ。仏頂面の影山に思わず笑って、離そうとした瞬間に急に引っ張られた。勢いのまま前のめりになる。目の前に影山が立っていたから倒れることはなくて、温かな感触に息が止まる。抱きしめられている。

「ファンサが度を越してるよ」
「うるせえ。お前のせいだ」

 何が?握手してもらっただけじゃんと思っていたら、抱きしめる力がゆるんだ。その隙に離れようとすると影山が私の頬に触れる。顔がうんと近づいてきて、慌てて手でガードすると、手のひらに影山の唇が触れた。それだけで全身がどっと汗をかく。

「ちょっと待って さすがにこれ以上は」
「嫌だったらやめる」
「嫌じゃない、けど」
「ならいいだろ」

 いやちょっと本当に待ってほしい。なんでこうなった?どこでスイッチ入ったの?言いたいことがいっぱいある。
 手のひらをどかされると、さっきまでの性急な触れ方がうそみたいに影山はゆっくり私の唇を食んだ。びりびりと電気が走る。好きだと思った。このままでは本当に流されてしまう。
 目の前の男の顔をなんとか押さえてストップをかける。影山は不機嫌そうに「何だよ」と言った。

「こういうのはちゃんと段階踏むべき」
「は?」
「好きとか付き合ってとかそういうやつ」
「じゃあ好きだ」
「そんなサイテーな告白があるか!」

 こんなのヤるための建前じゃんと思った。というか影山が誰かに恋愛感情を抱くなんて全然イメージできない。影山はバレーとカレーしか好きじゃない。私は性欲の解消にちょうどいいところにいただけ。最悪。
 影山は何食わぬ顔でガードしている手をどかすと、私の唇をぺろりと舐めた。思わず口をあけると舌が入り込んでくる。上顎を舐められて力が抜けた。

「やめるか?」

 耳元で囁かれて、ぞわりと高揚感が背中を伝う。完全に負けている。影山の服をつかんで、やめないと言うと彼は満足げに笑った。



 目が覚めたらベッドに横たわってたのは私一人だった。静かな部屋で、窓の外から時折車の通る音が聞こえてくる。まだ朝早いのに、影山はもう行ってしまったようだ。全然気が付かなかった。せめて一言声をかけてくれたらよかったのに。

 二度寝して、昼を過ぎてから大学に行った。好きな人と肌を重ねたのは初めてなのに、全然気持ちは晴れなかった。むしろどんよりと曇っている。これで都合のいい女の仲間入りだ。次に来た時も私はきっと泊めてしまうし拒める気がしない。

「彼女いないならとりあえず付き合おうよ」
「んー俺そういうのいい」

 講義を終えて、人気のないラウンジを横切ろうとしたら国見と女の子が話していた。国見は興味がなさそうにスマートフォンをいじっている。

「あきらくんって好きな人いるの?」
「お前には関係ない」

 気づかれないようにそっと元来た道を戻る。とりあえず付き合うって、確かにそういう人間関係もあるなあと改めて認識した。好きじゃなくても付き合う。好きなのに付き合わない。付き合うってよくわかんないけど、お互い好きで一緒に過ごす時間が長ければ、それは付き合っていると同義だろう。
 影山は私のことが好きじゃないと思う。というか好きになられても困る。ひたすら前に進む影山の邪魔にはなりたくない。

 どんどん冬に近づいてきて、マフラーと手袋を出した。影山が出ている試合をテレビで何度も観て、あの日の夜をちょっと思い出したりもした。電話もメールも一切来なかったから、私からも連絡はしなかった。

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