春は出会いの季節というけれど、私にとっては喪失感の大きいものだった。影山がプロ入りして、東京に行ってしまった。いよいよ手の届かないところまで行ってしまった。

「まじでむり生きていけない…」
「生きてるじゃん」

 私が悲しみに打ちひしがれているというのに、国見は平然とスマートフォンをいじり続けている。女心のわからない奴だ。
 寂しさで人は恋をするという名言をどこかで見たのを思い出して、まさにそんな感じだと思った。今まで毎日のように顔を合わせていた分、抜けた穴が大きすぎる。会いたくて震えるという歌詞にも今ならうなずける。

 悲しいなあと思いながらテーブルに突っ伏したままでいると、国見が私の髪を引っ張った。視線だけで上を見ると、呆れたような表情が視界に入る。

「まさかとは思うけど、入学式で提出する書類書き終わってる?」
「え!?そんなのあったっけ!」
「やばいわお前。教えてあげた俺に感謝して」
「ほんとありがとう一生感謝する」
「まあ嘘だけど」
「は?」
「エイプリルフール」

 ゆっくりとスマートフォンの画面を確認すると、そこには確かに4月1日と表示されていた。ナチュラルに嘘をつくのがうますぎて一切疑う余地がなかった。「マヌケ面」淡々と言う国見に怒る気力も失せる。脱力してテーブルに突っ伏すと、また髪を引っ張られた。

「元気しか取り柄ないのに大丈夫?」
「国見の辞書には優しさって言葉はないの?」

 なんでこいつ優しくないのにモテるの?と思いながら目をつむっていると、今度は親指を引っ張られる。思わず顔を上げると、勝手にスマートフォンのロックを解除されていた。返してよと言う間もなく、何やら画面を操作した国見はそのままそれを耳に当てた。

「ちょっと待って誰に電話してんの」

 ゆるく笑った国見のほうへ手を伸ばすと、うまい具合に避けられる。数秒たって相手が出たらしく「なまえが話したいって言ってる」という言葉とともにスマートフォンを押し返された。
 画面には影山飛雄と表示されている。勝手になんてことしてくれたのと睨みつけると、国見は早く出ろと口の動きだけで言い返してきた。

「…影山?」
『話したいことってなんだよ』

 話さなくなって数週間しか経っていないはずなのに、うっかり涙が出そうになった。言いたかったことと聞きたかったことがぐちゃぐちゃになって、何も言えなくなる。
 黙ったままでいると『国見と一緒なのか?』と質問された。かろうじて頷くと、『二人?』とまた訊かれる。肯定したくなくて答えを思案していると、それまでこちらを眺めていた国見が私の手からスマートフォンを奪った。

「付き合ってるんだよ、俺となまえ」

 電話口にそう言い放った国見から慌てて奪い返して「今日エイプリルフールだから」と早口で訂正する。
 ちゃんとごはん食べてる?眠れてる?洗濯できてる?電車乗り間違えたりしてない?東京での生活はどう?練習は大変?今度いつこっちに帰ってくる?
 頭の中で聞きたいことが次々浮かんできて、「がんばってね」とだけ言った。影山は大丈夫だと返事をした。私なんかがいなくても大丈夫だという意味だろうか。

 二言ほど言葉を交わした後に電話を切って、全身から力が抜けた。心臓が痛いくらいばくばく鳴っている。激しく喉の渇きを自覚して、手元のジュースを一気飲みした。「緊張しすぎでしょ」国見が呆れたように言った。



 あっという間に入学式を迎えて、私は大学生になった。どのサークルも新歓イベントというのをやっていて、毎日のように声をかけられる。知らない先輩と少し話すだけでもチヤホヤされて、並の私でこれなら可愛い子はもっとすごいんだろうなと思った。

 数週間は新歓を満喫して、新しくできた友達に誘われてイケメンの先輩が多いバレーボールサークルに入った。私はとことんバレーから離れられないようだ。練習はさすがゆるいサークルというだけあって、ほぼ遊びみたいな感じだった。つまんないなと思いながら、愛想笑いをして数時間過ごす。
 先輩たちは練習よりも飲み会のほうが生き生きとしていた。というか実際ただの飲みサーだった。爽やかな雰囲気出しといて騙された。

 飲み会中、こっそりテーブルの下で『今どこ?』という国見からの連絡に返信していると、先輩が近づいてきてお酒を勧められた。いや飲まないし。電話がかかってきて、助かったと思いつつ「ちょっと電話がー」とか適当に言って店を出る。

「ナイスタイミングだったほんと」
『まだ店いる?』
「店の前にいる」
『じゃあ俺行くからそのまま待ってて』

 なんで急に?と思ったけど、無法地帯と化している店内に戻るのも嫌だったから大人しくその場で待った。酒やタバコのにおいもない外の空気がやたら美味しく感じる。暗がりの中のネオンが目に染みて、思わずまばたきをする。数分たって現れた国見は私の顔を見るなり「荷物は?」と尋ねた。

「これで全部だけど、なんで?」
「もう帰るから」
「勝手に帰って大丈夫かな」
「金は払ってんだし別にいいだろ」

 せめて一言挨拶したほうがいいんじゃないかと心配になったけど、私のことなんて誰も気にしてないだろうから別にいいかと考え直す。歩きながらサークルの様子を尋ねた国見は、私の感想を聞いて顔をしかめた。

「そこ辞めたほうがいいよ」
「でも友達が気に入ってるし」
「サークルが一緒じゃなきゃ仲良くできないのかよ」
「確かに」

 国見なりに心配してくれているのが意外だった。なんだかんだ付き合い長いからなあ。高校は別だったからずっと仲良くしていたわけじゃないけど今年で7年目だ。
 地面のアスファルトが街灯の灯りで反射しているのを眺めながらこっそり考える。迎えにきてくれたのが影山だったら天にも昇る気分だろう。でも影山は遠い遠い東京にいる。

「ちゃんと前見て」

 国見が腕を引っ張った。何かにぶつかりそうになったわけでも、車が来たわけでもない。

「?見てるよ」
「見てない」

そのまま私の家に着くまで手首は掴まれたままだった。アパートの前でバイバイをして、ひとりまっくらな部屋を眺めて、国見と同じ大学だったのは運が良かったなと思った。



 基本的に大学は自由な時間が多いけれど、学期末はレポートやテストやらでそれなりに忙しい。ようやく夏休みに入って、とりあえずバイトに明け暮れた。
 お盆になって、影山が宮城に帰ってきた。改札の奥のほうに姿を認めた瞬間、全身が湧き立つような感覚が走る。

「おかえり!」
「なんで泣いてんだお前」
「気にしないで」

 嬉しいからに決まってるじゃん言わせないでよと思いながら、影山のスーツケースを引っ張る。「俺の方が力あるに決まってるだろ」と奪い返された。いやどんだけ負けず嫌い。

 駅近の定食屋で一緒にお昼を食べながら、電話でできなかった分いっぱい質問した。私があまりにも喋るものだから「食う暇がねえ」と怒られた。反省してお喋りもそこそこに食べることに集中する。影山はご飯を3杯もおかわりした。

「このあとも喋る時間ある?」
「ある」
「カフェでも行く?」
「お前の家でいいだろ」
「カフェ似合わないもんね」
「うるせえ」

 狭いワンルームに腰を下ろす影山にお茶を出しながら、幸せすぎてこのまま死んでもいいとさえ思った。だって好きな人がこんなに近くにいる。にこにこ笑ってたら「お前今日機嫌いいな」と失礼なことを言われた。普段もそこまで無愛想ではない、はず。

 夕方になっても影山は帰る気配がなかった。というか洗濯物をとりこんでいるうちに、床で居眠りをしていた。大事な身体なのに、こんなところで寝たら痛めてしまう。ゆすり起こすと一瞬目を開けた影山は、私の顔を確認すると再び目をつむった。え?なんで?

「影山、さすがにもう帰らないと」
「なんか用事あるのか」
「いやないけど」
「じゃあ明日までいてもいいだろ」
「本気で言ってる?」

 まあ影山が冗談なんて言うわけがない。ということは本気だ。明日までってことは泊まるってこと?だんだん混乱してきた。
 とりあえず床に転がっている大男を無理やり起こして、自分のベッドに寝かせた。影山は東京でもこんなことをしているのだろうかと泣きたくなった。

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