中学最後の日。別れ際、なまえに「そういや影山も烏野らしいよ」と言うとわかりやすく驚いた顔をしていた。「えっちょっと待って国見どういうこと?」と早口で聞き返された瞬間にバスの扉が閉まって、ただただバスを見送るなまえの表情は、なかなかにアホ面だった。
 その後に彼女から送られてきたメッセージには、スタンプしか返さなかった。たぶん今でも怒っていると思う。

 影山が烏野に決めたことは、ギリギリまで俺も知らなかった。まあ良かったじゃん。影山のこと好きだし。運命かもね。言ってやりたかったけど、たぶんつらそうな表情をするだろうからやめた。

 練習試合で久しぶりに会った影山の雰囲気は以前よりも丸くなっていて正直驚いた。金田一も驚いていた。あとなまえがマネージャーをやっていたことも意外だった。もう二度と運動部は入らないって宣言してたのに。

「影山と付き合えた?」
「その話やめて」
「まじか、不憫すぎる」
「半笑いじゃん。毎日スタンプ爆撃してやる」
「それ中学生がやるやつだからな」
「うるさい 金田一にもやるからね」
「なんでだよ、俺とばっちりじゃねーか!」

 ぎゃいぎゃい騒ぐ金田一にどんまいと心の中で思っていたら影山が来た。なまえに「もう行くぞ」と声をかけてから、一瞬俺たちを見た。本人は気づいていないが、やはり声色に独占欲のようなものがはらんでいるような気がしてならない。こいつら無自覚かよ。教えてやんねーけど。
 


 久しぶりに会った金田一と国見はまあ変わってなくて安心した。金田一のイジリやすさは安定で、国見の煽りスキルはさらに上がっていた。
 練習試合からの帰りのバスの中、なぜか隣に座った影山が「あいつらと何話してたんだ」と私にたずねた。影山がそんなことを気にするなんて意外だ。話していた内容は言えるわけがなくて「近況を報告しあってただけだよ」と答える。影山はそうかと相づちをうって、疲れていたのかあっという間に眠ってしまった。
 日向すら眠っていて、バス内は驚くほど静かだ。眠気に誘われて、私も目をつむった。

 バスが止まる気配がして目を開くと、影山が私の髪を興味深そうに触っていて心臓がひっくり返った。「何してんの」と小声で怒ると、田中さんが目ざとく私たちを認めて「そういうのは二人きりのときやってくださぁい 公衆の面前でやめてくださぁい」とこわい顔で言った。  
 めっちゃ恥ずかしい。影山許さん。穴があったら入りたいってこういうことかと思いながら隣の男を小突くも、「痛え」と言いつつ他人事のように澄ました顔をしている。この人ほんと信じらんない。

「君、王様のこと好きだよね」

 部活仲間兼クラスメートの月島には、入学して数ヶ月しか経ってないのに早々とバレた。ボク他人に興味ありませんって顔してるくせに、意外と恋バナには乗り気なところが面白すぎる。「私もツッキーって呼んでいい?」というと、彼はあからさまに嫌そうな顔をした。

「お願いだから、影山には言わないでね」
「ツッキーって呼ぶなら言うけど」
「月島くん」
「よろしい」

 テスト期間に入って勉強を教わりにきた影山の後ろ姿を見送りながら、友人が「ほんと仲良いよねえ」と言った。

「付き合わないの?」
「そういうんじゃないの。影山はバレーしか愛さないから」
「たしかにそんな感じする」

 自分で自分にひたすら言い聞かせる恋だった。仲良いよねと言われるたびに舞い上がるような気持ちだったけど、うぬぼれるなと自分をなんとか戒めた。いっそのこと彼女を作ってくれたら良かったのだけれど、影山は淡々と女子からの告白を断り続けた。
 こうなったら私が別に好きな人を作るしかない。そう決意したものの、毎日部活に追われてそれどころじゃなくなった。



 夏休みに入って、国見から久々に連絡が来た。私の予定も聞かず、今週末の13時に某ファミレスに来いという身勝手なものだった。

「今日オフってなんで知ってたの?」
「んーとね、勘」
「烏野に内通者がいる?」
「うわーバレたわ。金田一に殴られる」
「だまされないから」
「うん さすがにそこまでアホだとは思ってない」

 コーラをストローで吸いながら国見は飄々と頷く。なんで私を誘ったのか問うと、「ひまだったから」と拍子抜けするような答えが返ってきた。

「彼女は?」
「いないからお前召喚したんじゃん」
「じゃあ私の友達に紹介してもいい?こないだから頼まれてて。国見顔だけはいいし」
「性格もいいだろ」
「ごめんよく聞こえなかった」

 友達の写真を見せたら、別にいいけどって言われた。付き合うことになったら、ケーキおごってもらおう。そんなことを考えながらパフェを頼んで、国見から「太るよ」と余計な一言が添えられる。金田一は予定があるから遅れると言っていたが、結局最後まで現れることはなかった。

 夕方になってファミレスを出ても、外の暑さはあまり変わってなかった。日差しがない分いくばくかマシだというくらい。遠くから見覚えのある影が近づいてきて、まさかねと思っていたら今いちばん遭遇したくない影山の姿を認めてしまった。どうやらジョギング中らしい。

「隠れなきゃ」
「無理でしょ」

 運悪く一本道だったせいで逃げ道はない。何にも気にしてないふりをして影山に手を振る。彼は私たちのことに気がつくと、軽く会釈をしてそのまま通り過ぎた。スピードを緩めることもなく、淡々と。

「泣く?」
「泣いてない」
「代わりに俺と付き合う?」
「なんで?」
「不憫だから。俺って優しいね」
「付き合わないよ」
「うん そうだよね」

 国見は平然とうなずいた。何なのって思ったけどちょっと気持ちは楽になった。国見のこと好きになれば良かったかなって一瞬考えて、彼は彼でとても分かりにくいからきっとつらいだろうと思い直した。世のうまくいってるカップルを心から尊敬する。


 次の日の部活中、壁に当たって大きく跳ね返ったボールを慌ててとろうとして、足がもつれて転んだ。みんな練習に集中してたから、気づかれなくてホッとしつつ邪魔にならないよう体育館のすみっこに寄る。じんじんと痛む膝小僧におもわず顔を歪めながらジャージの裾をめくってみて、思っていたより腫れていないことに安堵する。そのうち痛みは気にならなくなるだろう。
 ボール拾いに戻ろうとしたところで、近くにいた影山が私のところまで来て、膝のあたりに視線をやった。

「ちゃんと冷やしてこいよ」
「大したことないから大丈夫」
「明日に響くかもしれねえだろ」
「……そうだね」

 私への心配というより、マネージャーとしての働きぶりを気にしているような感じがした。暑さとか疲労とか、そういう負の蓄積をどっと自覚して、重たい足を引きずりながらアイシングの氷が置いてあるところへ向かう。谷地ちゃんが「大丈夫?」と声をかけてくれて、ちょっと目頭が熱くなった。

 痛みがだいぶ和らいだ頃、練習はもう終盤にさしかかっていた。最後の部長の挨拶が終わって、自主練のために部員がばらばらと散らばる。2、3年生の練習のボール拾いに呼ばれて、そちらのほうに向かうと途中で影山に呼び止められた。

「今日は俺の自主練終わるまで帰んじゃねーぞ」
「やだよ。影山待ってたら明日になる」
「ならねーよ。待ってねえとぶっ飛ばすからな」

 小学生みたいな脅し文句を言い放ったあと、影山も自分のトス練に行った。散々また練習して、先輩たちが切り上げる頃には空腹を通りこして、もはや何も食欲を感じなかった。影山と谷地ちゃんはまだトス練をしている。大地さんが「さっさと帰れ!」と大声をあげて、そこでようやくお開きになった。

 影山が着替えるのを待っている間、またジャージの裾をめくって自分の膝小僧を確認した。青黒い。跡に残ったらいやだなあ。うしろに気配を感じて、慌てて裾を引っ張り伸ばした。

「痛むのか?」
「大丈夫」
「大丈夫じゃねえだろ」
「明日もちゃんと仕事できるよ」
「今はどうだって訊いてる」

 あっけにとられて影山の顔をまじまじと見ると、視線がかち合った。影山が私を見ている。

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