夏は虫が増えるからあまり好きではない。しんでいると思っていた蝉が突然暴れ出して、心臓をもっていかれたのは今年ですでに3回目だ。セミファイナルっていうらしいよ、とどうでもいい情報を山口が教えてくれた。

お盆に帰ってくる?
うん 谷地ちゃんも誘って飲みに行こ
ツッキーにも声かけてみるね
じゃあ私は影山誘ってみる

 そんなやりとりをして、夏の楽しみがひとつ増えた。高校の時は部活やめたいって何回か思ったこともあるけれど、最後まで続けてよかったと改めて思った。みんなそれぞれマイペースでキャラが濃いけど私は同期が好きだ。

 久々の飲み会はとんでもなく楽しかった。今日は随分とお酒を飲みすぎてしまった気がする。この間は誰かさんに飲み過ぎだと注意したのに、私も人のこと言えないなあと頭の片隅でぼんやり思う。でもしょうがない。楽しいと飲みすぎてしまうのはしょうがない。
 店を出た瞬間にぐらりと地面が近づく感じがして、あぶねーなという声とともに散乱していた重力が一方向に定まる。誰かが私を支えてくれたらしい。

「みょうじっていっつもこうなの?」
「ぜんぜん。全然そんなことない」
「説得力ないけど」

 月島が呆れたように言う。こういうところは高校の頃から全く変わってない。足に力が入らなくて、その場に思わずしゃがみ込む。谷地ちゃんが心配そうに伺ってくる気配がした。

 今日は山口と谷地ちゃんとの飲み会に、どういうわけか奇跡的に予定が合った月島と影山も顔を出した。日向はブラジルにいるから全員ではないけれど、久々にみんなが集まったものだから舞い上がって飲みすぎてしまった。気持ち悪さはないけどひたすら眠い。立ったまま眠れそうなくらい眠い。

「なまえちゃん帰れる?」
「誰か送って行った方が良さそう」
「俺が送る」
「影山が?家の場所分かるの」
「おう」

 なんでだよ…と月島がぼやくような声が聞こえてくる。そりゃ中学の時からの付き合いだからね。そう言いたかったけれど、舌を動かして声を発する体力はもう残っていなかった。だめだ。この世の終わりっていうくらい眠たい。
 腕を引っ張られる感覚がして、身体が上に持ち上がる。帰るぞ、という声が降ってきた。「送り狼になるなよ」山口が笑っている。自分のものではない、鉛のような手足を無理やり動かしながら、かろうじてバイバイと言った。みんなに聞こえていたかは分からない。

「今日たのしかった〜」
「お前いつもこんなに飲むのか」
「ちがうってば」
「本当かよ」
「ほんとだよ、ねえおんぶして」
「はあ?」
「あ〜もうあるけない〜」

 家までが途方もなく遠く感じる。帰ったら着替えてメイクを落としてベッドまで歩いて、なんて到底できる気がしない。ベッドが私のところまで来てほしい。
 酔っているのをいいことに影山の腕にぴたりとくっついて、お願い、と言った。こんなのシラフじゃ絶対できない。影山は眉を寄せてから、自分で歩けと私の願いを一蹴する。

「え〜筋トレになるよ」
「それでどこに連れて行かれても文句言うなよ」
「……」

 街灯がぽつりぽつりと暗い夜道を照らしている。この世界に私と影山しかいないみたいだと思った。早く寝たいのに家には着いてほしくない。一生この時間が続けばいい。
 うだうだしょうもないやり取りをしているうちに家に着いてしまったようで、玄関の扉が開く音がした。影山の腕に掴まったままうっすらと瞼を開くと、目の前の光景になんとなく違和感があった。もつれるように靴を脱いでから部屋に入る。ソファに座った瞬間、全身の力が抜けてそのまま倒れ込む。



 息が苦しくて目が覚めた。酸素がほしい。口の中が熱い。眼を開けば私の口内を好き勝手荒らしている犯人と視線が合う。酔って眠っているところを襲うなんてさいていだ。

「ちょっ、と、苦し…」

 ぱしぱしと背中を叩けば、不満げな影山の顔が離れていく。乱れた息を整えている間も、熱い手のひらは私の肌を撫で続ける。
 少し落ち着いてきたところで、はたと思い当たることがあった。ここ、私の家じゃない。というか私の家であれば両親がいるはずだからこんなことをできるはずがない。あわてて辺りを確認する。

「ここどこ…?」
「俺の家だ」
「……ご両親は?」
「今日はいない」

 そっけなく言った影山がもう黙ってほしいと言いたげにまた唇を塞いだ。今日は特に暑い日だと聞いていたため薄手のシャツ一枚だった私の防御力はゼロに等しく、簡単に下着のホックは外される。今では舌を巻くほどの手際の良さだ。アルコールのせいなのか触られた所が全部気持ちいい。頭おかしくなりそう。
 悦に入っていたところで首筋に痛みが走る。音を立てて吸われて、たまらず肩が跳ねた。痛いはずなのに不快ではない。でもそんなところに跡をつけられたら困る。絶対誰かに見られる。いま夏だし。

「なんでそこに付けるの」
「あ?別にいいだろ」
「よくない」

 最近の影山は少しおかしい。なんというか、私のこと好きなの?って何回も聞いてしまいそうになる。好きだなんて言われたらもう終わりだ。驚きすぎてショック死してしまう自信がある。なんていいつつ少し期待している自分が情けないけども。
 私に触れる影山の指先は荒いようでひどくやさしい。これで好きじゃないってどういうこと?と喚きたくなる。はあと息を吐いて、何とか感覚を逃がそうとする。でも無駄だった。逃げられない。

「俺のいない所で、好き勝手やるな」

 影山は私の彼氏でもないくせにそんな横暴なことを言った。自分は東京で綺麗なおねーさんと写真撮ってるくせに。公式のSNSに上がってるのちゃんと見たんだよ。私あの時ほんともやもやしたんだから。
 飲み会中、影山がトイレに行っている間に「君たちまだ付き合ってなかったんだ」と月島に痛い所を突かれた。認めるのも癪だったけど、諦めてそうだよと言った。訳わかんないねとまた耳が痛いことを言われて、でも私は何も言い返せなかった。

 ぷちりと何かが切れた音がして、気がつけば「私のこと好きなの?」と声に出していた。影山の動きが一瞬止まる。この世の音が全部消えたように感じた。

「……は?」
「好きだからそんなこと言うの?」

 もうどうにでもなれと思った。好きになって8年、初めてキスをしてから2年も経った。正直もう疲れた。今までの片思いに意味はあったのだろうか。ここで影山が頷けばめでたくハッピーエンドだ。いや、ハッピーなのか?影山が私のことを好きならば何かが変わる?どうしたって一番にはなれないというのに。
 ひゅっと息を呑む。影山は少し考え込むようにしてから口を開いた。その先を聞きたいような、聞きたくないような気がする。頭ががんがんと痛む。

「……わかんねえ」

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