大学三年生になって、ちらほらと就活の話題が出ることが増えてきた。友達は6月のインターンに参加すると言っていたし、私もそろそろ真面目に将来について考えなきゃいけない。でも影山みたいに絶対これ!というものが私にはない。困った。どんな仕事が自分に合うのか全然わからない。

「国見って就活のこと何かしてる?」
「何もしてない」
「仲間じゃん。安心した」
「働きたくない」
「国見ならそう言うと思ってたよ」

 金田一はまだバレーを続けているけれど、国見はもう辞めているからどんな仕事に就くのか全然イメージできない。でも要領いいからちゃっかり就職できちゃうんだろうな。私は国見みたいにうまくいかないと思うから、それなりに準備しとかないと。

 なんて思いつつ大学のぬるま湯生活に浸かっていると、あっという間に一ヶ月が過ぎていた。学部の何人かは自己分析とやらを始めているというし、私も少しくらい行動したほうが良さそうだ。
 とりあえず家に帰ってから就活サイトを開いてみた。うわ〜情報量多すぎて訳わかんない、と軽く絶望的な気分になりながらベッドに寝転がる。
 見ているうちに眠くなってきて、着信音でいつのまにか寝ていたことに気がついた。曖昧な意識のままスマホに手を伸ばして、画面もよく見ずに通話ボタンを押す。

「もしもし みょうじです」
『寝起きか?』
 
 聞き慣れた低音にいっぺんで眠気が吹き飛んだ。影山だった。一体何の用だろう。
 最近暇なのか、やたら電話がかかってくることが増えた。私としては嬉しいけども、なんでって思う。

「おはよう」
『もう夕方だけどな』
「気づいてたら寝ててこんな時間に」

 なんか用事あった?と聞いてみると、別に。と返ってくる。そんなに私と話したかったのって聞いたらまた別に。と返ってきた。どうしたって顔がニヤついてしまって、影山に何笑ってんだよと言われた。声だけで表情がわかるくらいニヤついてしまっていたらしい。

「寝るまでは就活サイト見てて」
『しゅうかつ』
「私ってどんな仕事が向いてると思う」
『さあ…俺にはわかんねえ』
「一応中学からの付き合いでしょ、何でもいいから」
『そんなの自分で考えろ』

 ぐうの音も出ないほどの正論を言われてしまった。影山は最近どうなの、と聞いてみて、さらに追い討ちをかけられた。彼はVリーグ期間外でも結構充実した生活を送っているらしい。
 同じ歳なのにもう自分でお給料稼いでるって本当に尊敬する。これは居眠りとかしている場合じゃないよ。大真面目に就活に取りかからないと、大学卒業したらニートです、なんてことが起こりかねない。

「就活失敗したら養ってね」
『なんでだよ』
「ほんと!ありがとう」
『お前会話する気ないだろ』

 へらへら笑っていたら、ピンポンと玄関のチャイムが鳴った。一人暮らしの大学生の家に誰かが訪れるなんてあまりない。そろりとモニターを確認すると、俯いてスマホをいじっている国見が映っていた。そういえばもう約束してた時間だ

「国見来たしもう切る。また電話してね」

 ドアの鍵を開けながらそう言うと、は?と。影山が怖い声を出した。心底不快というような声色に思わず背筋がひやりとする。
 なに、と努めて明るく尋ねたタイミングに被さって、国見が「誰と電話してんの」と私に尋ねた。黙っている私の手首を掴むと、くるりと向きを返して画面を確認する。国見が口を開いた瞬間、電話から何かしらを言う声が聞こえてきたので慌てて耳元に当てた。

「なに?ごめん聞こえなかった」
『…はやく帰ってこいよ』

 それからプチリと通話が途切れて、あとは無機質な電子音が耳元で繰り返された。あっけに取られている私に、国見はハァとため息をついてから「はやく飯行こ」と言った。

「俺の名前出したでしょ。バカじゃん」
「え、だって元チームメイトでしょ」
「俺たちガラス細工みたいに繊細なの」
「まだ引きずってるんだ」
「そういうこと」

 その日、国見はいつもよりたくさんお酒を飲んだ。いくら合法的に飲めるようになったからといって調子に乗りすぎてるんじゃないか。潰れても介抱しないよと念を押しても国見は素知らぬ顔でビールを追加注文した。
 で、案の定べろべろになった。酔った国見はダル絡みがすごいから正直めんどくさい。道端で寝ないでねと言ったら「空飛べるからだいじょうぶ」とよくわからない答えが返ってきた。ちゃんと家まで辿り着けるか怪しい。バスはもう最終便が終わっていたのでとりあえず駅まで送ることにする。

「私ってほんと優しい」
「やさしいやさしい お前いないと俺しぬわ」
「言うことが物騒」
「もうそろそろ家つく?」
「まだ駅にすらついてないよ」

 信号待ちをしている時に、国見がぐっと私に体重をかけてきた。180センチを超える男を支えられるわけがない。重いと声をあげると国見がふっと笑った。この人ほんとなんなの。
 スマホで時刻を確認して、結構遅い時間になっちゃったなあと考えた。周りにはほとんど誰もいない。影山に早く帰ってこいって言われたのに。SNSを開こうとしたら、にゅっと手が伸びてきてスマホを奪われた。

「返して」
「俺いるのにスマホ見んの」
「あなたいつもスマホ見てますよね」
「そうだっけ」
「すっとぼけてる」
「じゃあなまえといる時は見ない」
「へ?」

 国見が甘ったるい声を出して、ますます体重をかけてくる。オワー誰だこの人。私のこと誰かと勘違いしてない?
 ちょっと待って、と言おうとした瞬間に両頬を押さえられる。あっという間に顔が近づいてきて、唇同士がくっついた。ほんとに待ってほしい。全然展開に追いつけていない。ぐっと胸を押して抵抗してもびくともしなかった。あまつさえ舌まで入れられそうになって背筋にびりびりとした感触が走る。
 ありったけの力を込めて抵抗すると、ようやく解放された。一体何が起こったのか、まだ信じられない。酔っ払い怖すぎる。

「国見ちゃん!おふざけがすぎる!」
「……ふざけてない」
「なんでこんなことするの」
「……ごめん」

 国見が珍しく謝った。え、と驚いた私を置いてゆらゆらと横断歩道を渡り始めたので、急いでそれを追いかける。
 駅に着いて改札でようやく背中を見送った。足取りはさっきよりもしっかりしているようだ。一瞬こちらを振り返ったので手を振ったらいつも通り無視された。国見のことは何年経っても理解できる気がしない。まあ自分自身のことすら理解できていないし、他人のことなんて理解できるわけないか。

 寝る前にスマホを開くと、影山から20時くらいに連絡が来ていたことに気がついた。おやすみ、のたった四文字。昔の影山だったらこんなのあり得なかった。
 彼の考えなんて一ミリも理解できないけれど、バレーには到底及ばないけれど、少しくらいは彼の脳内に私が存在してたらいいなあ。そんなことを考えながらアルコールと睡魔の間でぐちゃぐちゃになる。

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