なんとなく気まずい空気のまま数日、気分はどん底だった。月島に「ひどい顔してる」とぎょっとされたくらいだ。どうせまた影山関係でしょ、とすぐに見抜かれてしまったけれど。またって何だ。私そんなに影山のことで騒いでるっけ。

「頼むから部活に私情は持ち込まないでね」
「わかってます」
「最悪縁下さんに言いつけるから」
「容赦ない月島のこと嫌いじゃないよ」

 深い深いため息をつくと、月島はウワと言いながら自身がよく食べているガムを私の手のひらに落とした。ツンデレめって思ったけど口には出さないでおく。キモいとか言われそうだし。

 とりあえずテスト勉強に集中することにした。学年末考査まであと2週間を切っている。前回のテストは赤点ギリギリだったし、さすがに今回頑張らないと部活やめなさいって親に言われかねない。
 ただ問題は、影山も同じくテスト前だということだ。月島が影山と日向の教育係を投げ出してから、影山は私を頼ってくることが多い。中学からの付き合いだし頼りやすいのだろう。

「お前のクラスそんな所までやってんのか」
「まあ一応進学クラスだし…」

 私はその中では落ちこぼれだけど、影山はそんなことはどうでもいいらしい。私が広げている問題集を覗き込むと「すげえな」とぼそりと言った。
 赤点を回避するために必死な影山がいつも通り私に頼ってくれるおかげで、私も少しずつ平静を取り戻すことができた。影山は私のことが好きじゃないけれど、ほかに好きな子がいるって感じでもなさそうだし絶望する必要はないなって思えるようになるまで回復した。

「そういやブラウニー美味しかった?」
「うまかった」
「でしょ」
「来年も頼む」
「いいけど」
「俺の分だけ2個にしてくれ」
「必死じゃん」

 影山が漢字の練習問題を解いている横で、数学の問題集をひたすら進める。最後の問題がどうしてもわからなくて、こっそり顔を盗み見た。難しい顔をしている。やっぱりどうしたって好きだなあと思った。

「何見てんだよ」
「みてない」
「見てただろ」
「ていうか影山って本命チョコもらったの」
「あ?よく分かんねえけど、推しですって言ってくる奴が二人くらいいた」
「まじですか」
「推しってどういう意味だ」
「クラスで30番目くらいに好きって意味」
「それ後ろから数えた方が早いだろ」

 影山のこと推してる人いるのか。そりゃいるだろうな。推しってことはほぼ好きってことじゃん。うわーつらすぎる。
 うだうだ考えながら勉強して、影山がお腹を空かせて集中できなくなったところで図書館を出ることにした。テスト期間のおかげで部活以外でも一緒に居れるの嬉しいなあなんて、馬鹿みたいに今ではすっかり上機嫌だ。

 別れ際、影山が思い出したように「これお前にやる」と言って私の手のひらに小袋を落とした。ポケットに入っていたせいか、まだ少し体温が居座っている。

「?なにこれ」
「渡すの忘れるところだった」
「うん?ありがとう?」

 なんだろうこれ。バレンタインのお返しかな。ちょっと早い気がするけど。去年も一昨年もお返しはなかったから影山も大人になったんだなとしみじみしてしまう。
 家に着いて、ご飯を食べてお風呂に入って、ほっと息をついた所で影山にもらった物を思い出す。なんだろう。結構軽かったしお菓子って感じでもなかったんだよな。

 鼻歌を歌いながら小袋をひっくり返してみる。やっぱり驚くほど軽い。
 一瞬間があいて、ぽろりと鈍色に光る指輪が滑り落ちてきた。息を呑んで瞬きをする。見間違いじゃないよね。
 え?なんですかこれ。



 次の日、大急ぎで掃除を終わらせるとゴミ出しはクラスの子に押しつけて速攻で体育館に向かった。体育館に入った瞬間、独特の匂いが鼻腔に広がる。思った通り、影山はひとりでサーブの練習をしていた。

「ちょっと!あれどういうこと」
「あ?なにが」
「昨日!もらった袋の中に指輪入ってたんだけど!」
「あれか。なまえに渡せって姉に言われた」
「……美羽さん?」

 影山がうなずく。全身から力が抜けた。

「気に入ってたけどもう使わねえって」
「言葉足らず過ぎる!!」

 へなへなとその場にしゃがみこむと、影山が訝しげにこちらを一瞥してからサーブ練習を再開した。ボールの跳ね返る音が遠くに聞こえる。
 そうか、そういうことだったんだ。これは一体どういう意味だと考えていた時間を返してほしい。おかげで昨日はほとんど眠れなかった。

 とりあえずジャージに着替えるために更衣室へ向かう。ロッカーの前でブレザーのポケットから指輪を取り出す。指にはめてみた。一瞬ひんやりした感覚がしたが、すぐに体温に馴染んだ。指輪は普段身につけないので、何となく指に違和感がある。手を傾けると反射してきらきら光った。何なんだ、本当何なんだ。


「みょうじー!いるかー!」

 我に返って顔を上げると、教師が呆れたように私に向かってテスト用紙をひらひらさせていた。そんなにひらひらさせたら私の点数みんなにバレちゃうじゃん。
 慌てて取りに行くと「お前は毎回ギリギリセーフだな」とひとこと添えられる。点数は41点。あと少しで赤点だった、危なかった…。
 席に着いてほっと息をついていると、上からぬっと影が差して思わず肩を揺らす。顔を上げれば眉を寄せた月島が立っていた。どうやら悲惨な点数を見られてしまったらしい。

「王様に勉強教えてる場合じゃないよね」
「月島が教えるってこと?」
「いや?普通に無理だけど」
「じゃあどうすんの」
「さあね、3組の誰かさんが教えてくれるんじゃないの」

 そうだ、月島の言うことは間違ってない。自分の勉強で精一杯な、違うクラスのマネージャーに勉強を教えてもらう必要なんて一ミリもない。それならば同じクラスの秀才に教えてもらった方が何倍もいい。

 授業が終わって、隣の席の子とお喋りをしながらふと廊下に視線をやると、影山が女の子と歩いているのが見えた。ぐにゃりとした黒い感情が胸の奥で燻る。影山も女子と普通に喋れるんだって改めて実感した。

「なまえ何見てるの」
「いや別に」
「あ!影山くんか!部活一緒なんだっけ」
「まあ、うん」
「影山くんちょっと怖いけど格好いいよね」
「……うん」
「そういや好きな子いるらしいよ」
「!?そうなの?」
「うん 3組の子が言ってた」

 へえ、って何にも気にしていないふりをする。もうだめだ、無理。影山のことなんて全然、全然好きじゃない。いつまで勝手に振り回されたらいいんだろう。

「月島〜もう私むりだ〜」
「あっそう」
「月島ってすごく私に厳しいよね」
「僕からしたら、みょうじはほんとに馬鹿だなって思う」
「ひっっどい」

 泣き真似をしても月島は動じない。もはや清々しい。もういいやって思った。本人に自覚はないが影山に振り回されるのはもう疲れた。答案用紙と一緒に指輪も捨ててしまいたい。美羽さんにはめちゃくちゃ申し訳ないけども。だって指輪見るたびに影山のこと思い出しちゃうんだもん。

「馬鹿だよね本っ当。みょうじも王様も」

 月島がため息をつく。ため息をつきたいのはこっちだって、今度こそ涙が出そうになった。

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